このプロジェクトが吉本興業の収益になるわけではなく、いわば放置プレーである。芸だけで地元の商店街や観光協会と一緒に地域の活性化に一役買って、自分で稼げ、というものだ。大﨑はかつてこんな話をしたことがある。
「炭鉱の有名な話があります。働き者の9人と、みんなの笑いをとるばかりで一向に働かない1人の労働者がいる。経営者はその1人をクビにすると、なぜか経営者の予想に反して、生産効率は下がる、という話です」
このピエロの役割を芸人が担い、笑いを地域で共有することで地域の突破口ができれば。それが狙いである。銭湯や町工場で子供たちが座布団を並べて「アットホーム寄席」が行われたり、カラオケ大会で芸人と一緒に歌ったり、あるいは商工会の幹事を担当して、企業間をつなげたり。住みます芸人は、テレビとは違った笑いに取り組んでいる。
いや、そもそも笑いはテレビの中のひな壇だけにあるものではなく、こうした地域での取り組みは原点回帰と言えるのではないか。共同体があれば、どこにでもピエロのような役回りはいたし、テレビがなくても腹を抱えて笑い転げる機会はあるはずだ。
「笑いの日」の当日。昨年、震災に見舞われ、まだいたるところに爪痕が残っている熊本県益城町に出かけてみると、市民会館には早朝から大勢の家族連れが集まっていた。熊本県住みます芸人の「もっこすファイヤー」が企画した地域住民参加型の「ふるさと劇団」だった。
人気芸人に加え、飛び入りゲストの「くまモン」が登場すると、会場からはひときわ大きな歓声があがる。「まさか、くまモンがラーメンを食べるとは思わなかった」と客席の女児が笑い転げていた。
一方、福島県。今年4月に一部避難指示が解除されたばかりの富岡町で、「ペンギンナッツ」がトークショーを披露した。仮設住宅の入居者は1時間のコメディを楽しんだ。
他にも、アジア住みます芸人としてタイ在住の「ぼんちきよし」や、インドネシア在住の「ザ・スリー」らが、現地で日本語を習う大学生を相手にワークショップを開催し、日本流の「笑いのツボ」を伝授したという。
吉本興業によると、当日は各地で、延べ640人の芸人やスポーツ選手、ゆるキャラが出演し、2万7000人の地域住民が来場。さらに、その様子はツィッターでライブ配信され、3万1000人が視聴したという。
熊本で、もっこすファイヤー「のりを」は、こう言っていた。
「会場に来てくれたおばあちゃんが帰るとき、『次回は劇団員になって孫を笑わせたい』と言うのです。住みます芸人を続けてきて良かった。ようやく楽しくなってきましたよ」
そう、テレビに映っていないところで、「笑いの日」は盛り上がっていたのだ。テレビで盛り上がったかどうかが「話題」の基準という時代でもないだろう。ごく身近な生活圏内で、腹を抱えて笑える体験が、8月8日、同時多発的に起きた。
「生産性」という効率ばかりが謳われる昨今、誰もが前述した「炭鉱の経営者」のような発想になりがちだ。だからこそ、こんな日があっていいかもしれない。そう思えてしまうのだった。