ビジネス

2017.08.21

「スペースの共有」で起業家を支援する住居付きインキュベーター

久能裕子(中央)、右隣から時計回りにエンジェル投資家のパトリス・ブリックマン、電子音楽家の陽子・セン、サンゴ礁復元ベンチャーのサム・タイシャー、ハルシオンCEOケイト・グッダル、プログラムディレクターのライアン・ロス(photograph by OGATA)


ハルシオンが提供するスペースは、物理的なものにとどまらない。他のフェローや投資家などとのコミュニティーから得られる「人生のスペース」も、フェローたちにとっては、かけがえのないものだ。
 
社会起業家にとって最も大切な資質は何か—。グッダルとロスから同時に返ってきた答えは「レジリエンス」だ。失敗や逆境に耐え、それを克服する力である。

米テスラのイーロン・マスクCEOいわく、起業は「ガラスを食べ、地の底を見つめるようなもの」。世界で最も困難な課題解決に取り組む社会起業家には「浮き沈みを乗り越えられるだけのレジリエンスが必要だ」と、ロスは話す。だからこそ、起業という「孤独な旅」に乗り出すフェローに「安息の場を提供したい」(グッダル)。

ダイバーシティ(多様性)も、ハルシオンの特徴の一つだ。プログラムに参加するベンチャー創業者の半数は女性であり、人種的にも非白人が5割を占めるという。

日本出身のサウンド・アルケミスト(音の錬金術師)である陽子・センは、病に倒れたことで、病院の医療機器音に関心を持った。復帰後、16年春のプログラムに応募し、1年前に「セン・サウンド」を創業。ジョンズ・ホプキンズ大学医学部のイノベーション機関と提携し、病院で希望や夢を与えられるような音づくりを目指す。

「ハルシオンの空気を吸って人と話すと、何でも可能な気がしてくる」(セン)。
 
15年夏にサンゴ礁・復元ベンチャー「Coral Vita(コーラル・バイタ)」を共同で立ち上げ、昨年8月から今年1月までハルシオンに在籍したサム・タイシャー(27)は今年3月、目標額を大幅に上回る76万2000ドル(約8400万円)を調達した。

その投資家の一人が、インスパイアキャピタルの創業者兼マネージングディレクターのパトリス・ブリックマンだ。彼女は今年に入り、コーラル・バイタなど、ハルシオンを通じて知り合った起業家への投資を始めた。投資額は25〜50万ドルだが、リターンの見通しについては「非常に楽観的」だ。「投資自体がコミュニティーへのリターンになる」と、ブリックマンは確信する。「これは、世界を変えるための、より利他的な投資だ」。

コーラル・バイタは今年、カリブ海に同社初のサンゴ養殖場を開く。タイシャーによると、1970年代以来、世界のサンゴ礁は30%減少しており、2050年までに75%減に達するという。地球温暖化による海水温の上昇や酸化などが、サンゴ礁の白化や死滅の原因だ。世界中で約10万人が、食糧や雇用などでサンゴ礁のお世話になっており、観光業や漁業など、その経済効果は年間300億ドル(約3兆3000億円)にのぼるという。「サンゴ礁の減少は、社会経済的な脅威だ」(タイシャー)。

同社の目標は、オーストラリアのグレートバリアリーフから沖縄まで、世界のサンゴ礁域の復元だ。ホテルや政府などを顧客に「高収益を見込める」と自信を見せるタイシャーは、親日家でもある。「いつか日本のサンゴ礁を復元させたい」。
 
ハルシオンで育った社会起業家が世界を変える日はくるか。

文=肥田美佐子

この記事は 「Forbes JAPAN No.37 2017年8月号(2017/06/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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