「なぜ、アーティストやスポーツ選手のように、情熱や誇りを持って仕事をしているビジネスマンは少ないのか」。そんな疑問を感じたのは、就職を前にした大学時代だ。
人生の中で、仕事に費やす時間はとても長い。常に、頭のどこかで仕事のことを考えているという読者もいるだろう。その時間が有意義であれば、人生そのものが幸せだと思えるのだが、残念ながら、仕事を楽しいと思える人は全体の一割程度しかいないという。
ではなぜ、本書の主人公である国岡鐵造(てつぞう)が創業した国岡商店で働く男たちは揃って、海軍燃料タンクの底の残油をさらうといった過酷な作業さえもやりがいを感じ、この会社に一生を捧げようと思えたのだろうか。
それは店主の国岡氏、すなわちモデルとなった出光興産創始者である出光佐三氏の存在に他ならない。戦後の厳しい状況であっても、たったひとりのクビを切ることもせず、「石油なくして復興はない」と日本の未来を見据えて、妥協することなく信念を貫いた出光氏を、社員たちは心から尊敬し、ともに働ける喜びを感じていたのだろう。
幸せを感じる要素は人それぞれだ。モノがあふれ、豊かになった今であればなおさらで、人生で最も長い時間を費やすことになる「会社の選び方」も多様化してきたことを感じている。実際、採用に悩んでいる経営者は多い。
今後、生産年齢人口の減少が売り手市場をさらに加速させ、採用はより困難となり、働き手に選ばれない会社は、成長のみならず、存在すら難しくなることも考えられる。そんな近未来を前にして、経営者はどうすべきなのだろうか。
私は、社員たちの“ワーク・エンゲージメント”を向上させることが、最も重要だと考えている。これは、「誇りややりがいを感じて積極的に仕事ができれば、成長し続ける組織を作ることができる」というもので、ハーバード大学の研究でもその有効性が証明された考え方だ。実現すれば、社員のストレスが軽減することで心身は健康となり、その結果、企業の生産性が高まるのだ。
我社アトラエでも創業時から、自由度高く、社員の夢が実現できる環境づくりのため、試行錯誤を繰り返してきた。プロジェクトごとのリーダーはいても社内に上下関係は一切なく、給与額も独自の評価方法で決定している。その体制が奏功したのか、辞める社員は極めて少なく、みんな前向きに仕事に取り組んでくれている。もちろん業績も右肩上がりだ。
普段はビジネス書ばかり読んでいるが、旅行前の空港でたまたま手にした本書は、叩き上げの独自理論で試行錯誤してきた私に少しばかりの自信と勇気をくれた。「一経営者である以上、国岡氏のような器の大きな人間になりたい」。そんな思いが込み上げる刺激的な一冊である。
title:海賊とよばれた男
author:百田尚樹
data:講談社文庫 750円+税 480ページ
新居佳英(あらい・よしひで)◎1998年上智大学理工学部卒業後、インテリジェンス入社。3年間営業として従事した後、2000年7月に子会社の代表取締役へ就任。03年9月、I&Gパートナーズ(現・アトラエ)を設立。16年6月、東京証券取引所マザーズ市場に上場。