100億円を寄付した永守重信の「壮大な構想」

左から、門川大作 京都市長、田辺親男 京都学園理事長、永守重信 永守財団理事長、山田啓二 京都府知事。


確かに、日立や東芝など大企業が競合する世界でした。でも、私は先生にこう言いました。「いま日本の家庭には一軒あたり平均3.5個のモーターしかありませんが、先日アメリカに行ったら、一家に平均60個のモーターがありました。いずれ日本もアメリカのようになります」と。
 
日本が急速に発展するという私の主張に対して、恩師は「いや、日本がアメリカの生活水準になるには100年かかる」と反論しました。しかし、当たっていませんね(笑)。

いま日本の家庭には平均150個。アメリカが平均300個で、中国全土の平均が3.5個。中国はもっと増えていきます。だから、モーターが足りなくなるという危機意識があるのです。

—日本電産はPCのHDD(ハードディスク駆動装置)用の精密モーターを主力とした時代を経て、家電用の大型モーター、車載用モーター、多関節の産業用ロボットで基幹部品となる減速機など、積極的なM&A(合併・買収)で多角化してきました。産業の未来像が早くから見えていたということですか?

永守:52社を買収して、すべて黒字化に成功しています。買収時は「なぜこの会社を買うのか?」とよく聞かれますが、先に全体像があり、買収でジグソーパズルのピースを1つずつ埋めていっているのです。ロボット、EV、自動車のADAS(先進運転支援システム)、ドローンなどの時代が来ると思ったとき、それらに使用される莫大な数のモーターを誰が供給するんだ、ということです。

—なぜ、90年前後にEVが今のように一般化すると思えたのですか?

永守:それは地球環境問題です。ガソリンエンジンは大気汚染につながるので、EVに代わっていくと思いました。自動車産業がEVに進むのであれば、これまでの自動車とは違う技術なので、我々が参入しても競争相手はいない。当時、車は必ずEVになると思ったけれど、私の予想より実際は遅れました。ハイブリッドに寄り道しましたからね。

また、EVと同時に自動車の衝突回避システムが進化して「ぶつからない車」が増えてきました。ぶつからないということはボディの鉄板が薄くなり、溶接で車をつくる必要がなくなる。プレス機一発でボディができるようになる。それだけ大型で高精度のプレス機器メーカーは世界に2社しかない。そこで、そのうちの1社を2年前に買ったのです。

当然、相手の技術力を見て買うのですが、ポイントはシナジー(相乗効果)を自分の方法でつくり出すこと。パズルの穴を埋めるため、常にどうやったら埋まるかを考える。相乗効果は偶然に生まれるものではなく、頭に描いた構図に向かって努力していかないと生まれません。それには、具体的な目標を立て、明確な戦略でつなげること。そうすれば、買った方も買われた方もお互いが良くなって成長できるのです。

—未来像を描く原点は何ですか?

永守:ソリューションです。絶えず私が考えているのは、ソリューション。私が幼いころ、母親が冷たい井戸水を桶に入れて私の下着を洗っていた。母親の手はあかぎれだらけで血が出ているわけです。辛い仕事だと思っていたら、洗濯機が登場しました。風鈴だけで夏は過ごせなくなりましたが、エアコンが普及しました。すべてソリューションじゃないですか。

世の中を見渡すと、宅配便の運転手が足りない。いずれ高速道路を自動運転のトラックが走るようになるでしょう。また、私は「マイドローン」の時代が来て、人間が飛ぶようになると思います。そう言うと、みんな「そんなバカな」とひっくり返りますが、自動運転と言っている時代に、満員電車でひいひい言いながら出社している。朝は道路も混んでいるし、だったらそのソリューションとして、ドローンで人が飛ぶ時代にもなるでしょう。だから、早くから日本電産ではドローンの研究をしてきました。

また、小児がんのお子さんたちがずいぶん困っておられると聞いて、京都府立医科大学に70億円の寄付をさせてもらい、「永守記念最先端がん治療研究センター」を建設中です。これも一つのソリューションです。

子孫にお金を残すのではなくて、世界に大きな事業を残す。そのためにお金を使う。事業も医療も学校も、私の人生はすべてソリューションなんです。
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文=藤吉雅春、写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN No.37 2017年8月号(2017/06/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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