ビジネス

2017.08.16

ふたりの経営者が読み解く鬼才、レイ・クロックは「英雄か、怪物か」

コモンズ投信会長/シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役CEOの渋澤 健氏(左)とウーバー・ジャパン執行役員社長の髙橋正巳氏(右)。(写真=藤井さおり)


谷本:レイ・クロックが稀有な存在である理由は、元はセールスマンであった彼が52歳で初めて起業し、経営者となり、成功を収めたことにあります。サラリーマンがある日突然、経営者やリーダーになることはあり得るのでしょうか。

髙橋:彼の場合は、何度も苦労と挫折を経験しています。その分、物を形にするスキルは人並み外れたものを身につけていて、それが52歳で成功を収めたカギになったのかと思います。大企業のサラリーマンとして守られていたら、ここまでの根気や信念が備わったかわからないですね。私の周りの経営者の方々を見渡しても、苦労している人が多いです。

渋澤:レイ・クロックは何度も切羽詰まる局面を迎えていますが、彼は常に自分で考え、悩み、リスクをとりながら思い描くビジョンの実現に向けて突き進んでいきます。

日本の大企業にいる人も、大変な場面はあると思います。しかし、企業の中にいると得るものよりも失うものに気を取られてしまって、何も行動を起こさない人が多い。例えば私と同じ50代後半にかかってくると、「今失敗したら部長や役員になれなくなる」と冒険しないこともある。そこがレイ・クロックのメンタリティとの大きな違いですね。彼は「できるか」「できないか」ではなくて、自分が「やりたいか」「やりたくないか」のベクトルで動いています。これは、成功者の特徴だと思います。

さらに、彼には人を見抜く目利きがあった点も大きいでしょう。セールスマンの頃、電話口から聞こえてきた活気のある音だけを頼りに、はるばるマクドナルド兄弟の元へ行きました。その嗅覚がなければ、マクドナルド・コーポレーションは誕生していなかったわけです。また、将来大出世することになる女性事務員やバイト職員の才能を早い時期から見出していた。

経営者は一人では何もできない。いかに優秀な人と手を組むかが重要なんです。目利き力も、経営者として成功するには必要だと思いますね。

谷本:お二人が考える、成功する経営者の条件はたくさんあると思います。そのなかで最も重要なものは、なんだと思いますか?

髙橋:組織や人をうまく機能させて、一人一人のポテンシャルを活かしていく力でしょうね。

渋澤:経営者とファウンダーは違うと思いますが、経営者に最も必要なことは、常識があることでしょう。この場合の常識とは、単に高いレベルの知識を持っているということではありません。私の高祖父、渋沢栄一は「常識」とは知識の有無ではなく、「知、情、意」の3つの要素のバランスある向上であると述べています。

十分な知識を持ったうえで、何かを成し遂げたいという情熱、あるいは誰かに何かをしてあげたいという情愛がある。ただ、情だけでは流されてしまうので、強い意思もなくてはならない。この三つを兼ね備えた「常識な人」であることが、経営者にとって大切な要素でしょう。一方、ファウンダーは、このうちのどれかひとつについてずば抜けた力を持っていればいい。

谷本:日本人を巻き込んでビジネスを動かしていくときと、さまざまな人種を束ねて行くときとではどのような違いがあるのでしょうか。ぜひ、グローバルに活躍されているお二人にお聞きしたいと思います。

渋澤:90年代後半からIT業界が発展していく中で私が感じたのは、日本のビジネスは、国内マーケットで事業を確立して、それが成功してから海外へ展開していくというメンタリティであり、最初から世界を視野に入れていないことです。一方、アップルやグーグルは、はじめからグローバルを視野に入れてビジネスを展開していましたね。

髙橋:ビジネスを始めるとき、日本だと必ず黒字化することが目標になります。そこが、グローバルプレーヤーと日本人の考え方に一番ギャップがある点です。

日本の企業では、そのビジネスをどれだけ早く黒字化できるかが問われます。まずは黒字化して、黒字の状態が安定化してから規模を拡大していく方法が好まれる。ところが、世界でものすごい勢いで伸びている企業を見てみると、まずは規模をとってからマネタイズに持っていったり、新しいビジネスを増やしたりがしている点が共通しているんです。

谷本:株主は四半期ごとに業績を求めてくるので、日本の企業はリスクをとって大きなことするのが難しいと言われています。だから「企業はなるべく上場しないで、好きにやっていったほうがいい」、という主張もありますが、企業がやりたいことを実行するのと株主を配慮するのと、そのバランスについては、どのようにお考えですか?

渋澤:上場して公開企業になる目的は事業拡大のための資金調達です。ただ、かつては、上場することが企業のステータスのようになっていた時代もありました。必ずしも資金調達のためではなく、会社の知名度、あるいは、起業家自身の自尊心や懐を温めるというレベルの話です。

しかし、上場することは公の存在になることです。株主や多様なステークホルダーの期待に応えることと自分の目標とするビジネスを追い求めることとの間に葛藤も生まれる場合が少なくありません。そういう意味で、上場しないで資金調達・事業拡大するメリットがあり、そのような事業モデルを好む経営者も増えてきています。

谷本:髙橋さんはいかがですか。

髙橋:大きなビジネスほどリスクがつきものであるにもかかわらず、日本はリスクを防ぐ話ばかりしていますよね。そのビジネスが生み出す可能性については、なかなか話に出てこない。さらに日本には、リスクを避けるために「検討する」「あとで考える」と、何もしないという選択肢まである。

シリコンバレーのウーバー本社を見ていると、日本にはないスピード感があります。「何もしない:Do nothing」という選択肢はない。やるか、やらないか。レイ・クロックも、やると決めたらものすごい勢いで進めていきますよね。彼らの根底には、自分がやらないと誰かに先を越されてしまうという危機感があるのかもしれない。それが、グローバルカンパニーと日本企業の大きな違いだと思います。

渋澤:何もしないこと自体がリスクである、という意識を日本人は持つべきですね。それは、企業やビジネスのみならず、個々人にとっても同じことです。


渋澤 健◎(コモンズ投信会長/シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役CEO)JPモルガン、ゴールドマン・サックス、ムーア・キャピタルを経て、2001年、シブサワ・アンド・カンパニーを設立。08年にコモンズ投信を立ち上げ、会長に就任。著書に『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』『渋沢栄一 100の訓言』など。

髙橋正巳◎(ウーバー・ジャパン執行役員社長)米シカゴ大学を卒業後、2003年ソニーに入社。本社、パリ勤務、仏の一流校・INSEADでのMBA取得を経てサンフランシスコでM&A案件を担当しているときにUberに出会う。14年、同社に入社し、日本法人の執行役員社長に就任。

構成=吉田彩乃

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