昔に比べて人の寿命は長くなった。一般的には医学が発達したことが大きな理由だと思われているが、実は医療は長寿に加担していないというデータがある。
著名な医学雑誌『New EnglandJournal of Medicine』の元編集長、フランツ・インゲルフィンガー(1910〜80)はいろいろな症例の治療経過を追跡した。その結果、「近代医療を適用しても、80%の患者は良くも悪くもならず、あるいは自然に落ち着くところに落ち着く」と発表した。
医師の働きは、それが有害でない限り、原則的な経過に影響することはないという。10%をやや上回る症例においては、確かに医療的な介入が劇的な成功をみせている。ただし、残り7〜8%は医師の診断や治療が適切でなかったために不幸な結果を招いている。
つまり、交通事故の外傷など、救命救急を必要としているような症例では、医療の介入により助かる人がいるが、それ以外では、人によっては医師の介入にかかわらず、治る人は治るということだ。もちろん、現代医学の恩恵によって、治療中の痛みが軽減したり、治療経過が短くなったりすることはあるだろう。
面白いのは江戸時代の医師、永富獨嘯庵(どくしょうあん)が書いた『吐方考』にある一節だ。
「凡そ病者百人、治せずして癒ゆる者六十人、その余四十人、十人の者は治すといえど必ず死す。十人のものは治を得て必ず活く。十人のものは死せずまた癒えず。其の命、治、不治の間に在りて権衡し、医人に属するもの十人のみ」
つまり、医者によって予後が左右されるのは、江戸時代も現代のデータと同じで10%前後ということだ。当然、当時は東洋医学での治療だった。現代医学も江戸時代の漢方中心の医療も、治る率はあまり変わらないということのようだ。
一方で、平均寿命は延びている。それは定期的な食事、暖かい部屋、清潔な生活環境などが要因となって病気にかかるリスクが減っていることが大きく影響しているからかもしれない。むろん、現代では大気汚染、アレルギーなど新しいリスクも増えているが。
では、何に頼れば健康が維持されるのか。もちろん、体調不良時には病院に頼ることは当たり前だ。私もそうする。ただ、それだけではなく、自分で当たり前に体に良さそうなことをするのが一番ということだ。それはストレスのない体に優しい環境、食事に尽きるのではないだろうか。
病気になったら病院に任せるのではなく、体の調子が少し悪くなった時点で、食べ物や環境を変えて反応をみることが体調に大きな影響を与えていると思う。自分の健康を医学に任せても意味はないとまでは言わない。しかし、現代医学でも東洋医学でも病院に行って治るものは治る、治らないものは治らないのだというデータがあることを覚えておいてほしい。
さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。聖マリアンナ医科大学の内科講師のほか、世界各地で診療。近著に『病気にならない生き方・考え方』(PHP文庫)。桜井竜生医師と浦島充佳医師が交代で執筆します。