では、企業はどのようにして顧客との間に、エンゲージメントを構築すればよいのだろうか。鍵となるのは、1.「リッスン(耳を傾ける)」2.「ラーン(学習する)」3.「インスパイヤー(影響を与える)」の3つのステップだ。
まず、1. 消費者のパーソナルな好みを知るために、企業はデジタル・リアルを問わず、あらゆるチャンネルを駆使して、全てのオーディエンスの声に耳を傾ける。そして、2. 生涯にわたってブランドを支持してくれる「ブランドのアドボケーター(熱心なファン)」を獲得するために、耳を傾けて得た情報から学ぶ。最後に、3. ウェブサイト、モバイルアプリ、インサイドセールスといった顧客との全ての接点で、相手にインスピレーションを与えることを目指す。
重要なのは、全顧客が「潜在的なブランドのアドボケーター」であるという前提に立って、マーケティングに取り組むことだ。
「大量の情報を押し付ける『マスマーケティング』から、意味のあるエンゲージメントを意識することで、ビジネスを成長させる『エンゲージメント・エコノミー』へ。時代は確実にシフトしている」
マスマーケティングの時代には、企業が大量の広告費を投下すれば、簡単にブランドを構築できた。しかし、誰もがSNSを利用できる今、企業よりも顧客の方が、“より大きな声”を持っている。
「例えば結婚式のギフトを買うためだけに仕方なく登録したサイトから、毎週のようにメールが来れば、誰もが、不満の1つでもSNSに書き込みたくなるだろう。情報の量と内容が適切でないことは、顧客に必ずネガティブに捉えられる。だからこそ、エンゲージメントへの意識が重要なのだ」
エンゲージメント・エコノミーの時代におけるマーケターは、「リード(見込み客)」を生み出すだけではなく、顧客とのエンゲージメントを意識しなければならない。
「マーケターは、製品、従業員からカスタマーサポートまで、幅広い領域を見ることのできる、社内でも恵まれたポジションにいる。消費者がブランドに抱くイメージが変わった時、その変化を社内でいち早く察することができるのも、マーケターだ。フェイスブックで19億人が日々様々な話題を取り上げる今こそ、マーケターは、『第2のCEO』、つまり『チーフ・エンゲージメント・オフィサー』として活躍することが期待される」
かつてマーケティング界には、時代を象徴するような広告が大量に生み出された「アートの時代」があった。その当時のマーケターには、顧客の気持ちを掴むという「アーティスティックなセンス」が求められていた。
一方、00年代後半頃からビッグデータの活用が進むにつれて、サイエンティストのようにデータを分析できる能力が重要視されるようになった。AI(人工知能)の登場が、その流れをさらに加速させている。こうした大きな時代の変遷を経て迎えるのが、エンゲージメント・エコノミーという新たな時代なのだ。
「AIがより高度に発達していけば、『どんな情報をもとに、いつAIを使うか』を判断することが、マーケターの仕事になる。人間と同様に、間違った情報を与えると、高性能のAIでも正常に働くことができない。マーケターにも、データサイエンティストのように、注意深くデータを扱う力が求められる。その上で、アーティストとしての側面も必要なのだ。
人間は『いいな』と思う感情に従って、モノを買う。そうした人の心を掴む価値ある体験は、アーティストのような感性なしでは、決してデザインできない。AIでは決して手の届かない“人の心”を勝ち取る ー 未来のマーケターは、サイエンティストでありながら、アーティストであるべきなのだ」
スティーブ・ルーカス◎マルケトCEO。Salesforce.comのプラットフォームマーケティング&Force.com部門のシニアバイスプレジデントを経て、2016年11月より現職。