ビジネス

2017.08.07

「人のため、世のために」 京都賞を創設した稲盛和夫の哲学

京都賞を創設した稲盛和夫


現在、「俺の」シリーズは、34店舗まで拡大し、再び上場を目指すという。「90%はうまくいくと思っていたし、飲食業は初めてですが、不安はなかった」と振り返り、その理由をこう言うのだ。

「稲盛フィロソフィの実践者だからです」
 
つまり、「俺の」のコンセプトは、「料理人を幸せにする」という利他の精神から始めたという。

「調理師学校を出た料理人は10年以内に9割が転職します。志はあっても、給与が低く、独立ができないし、料理長にならなければ自由に料理もつくれない。厨房には未来がないのです」
 
そこで力のある料理人に店を提供した。立ち飲み形式にして客の回転率を上げることで、最高の食材を使った高級料理をリーズナブルな値段で提供しても利益を確保できる。これが、予想通りの大ヒットとなったのだ。

「ビジネスでもっとも大切なことは、錯覚を起こすことだと思うんです」と、坂本は言う。「恋愛が美しい誤解だと言われるように、錯覚を起こすほど情熱をもつこと。稲盛フィロソフィを強く信じれば成就できると、信じたからできたのです」
 
稲盛が人のために怒り、人のためにカネを使うのは、自己への投影かもしれない。自著『京セラフィロソフィ』で、彼自身がこう述べている。

〈私自身、偉そうなことを言っていますけれども、一生懸命にこうして話をすることで、(中略)必ず「そういうおまえはどうなのか」と私自身を責める自分というものが出てきます。その葛藤の中で私自身を高めていく、この繰り返しこそが人生なのだと思うのです〉

稲盛財団でのインタビューを切り上げて、中華料理屋の円卓に並び、担々麺が来るのを待つ稲盛に、「7月に横浜で開かれる盛和塾の世界大会はエネルギーを使って大変じゃないですか」と尋ねた。すると、インタビュー中は終始変わることのなかった高僧のような硬い表情が消え、笑みを浮かべてこう言う。「自然体ですよ」と。
 
その後、坂本が言っていた言葉を思い出す。彼は「稲盛さんを崇拝の対象にしてはいけないと思う。経営の神様として神格化すると、それは到達できない目標になってしまう。塾長が言いたいのはその逆で、『できないことはない』ですから」
 
今でも稲盛は盛和塾の例会で、自らをこんな言葉で表現するという。

「私たち中小企業の社長は—。」

自分の原点を何度も繰り返して詳細に語るのも、決して忘れないためなのかもしれない。


いなもり・かずお◎稲盛財団理事長。1932年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。84年に第二電電(現・KDDI)を設立し、会長に就任。2001年より最高顧問。10年には日本航空会長に就任。15年より名誉顧問。84年、稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。

文=藤吉雅春 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN No.37 2017年8月号(2017/06/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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