その書斎を中心に発展したのが「文房趣味」だ。筆、硯などの文房具にはじまり、書斎のあらゆるものが対象となったが、「石」はとりわけ愛でられてきた。英語ではスカラーズ・ロック(文人の岩)と呼ばれるそれら奇石・怪石は、7世紀の唐の時代から収集され、絵画や詩など創作のインスピレーション源でもあり続けている。
今回訪ねた北京在住の画家・曾小俊(ヅォン・シャオジュン)は、世界一の奇石コレクターだ。ギメ美術館(パリ)の「スカラーズ・ロック」展(2012年)では、奇石の大半は曾氏の所蔵品から出展された。
その曾氏のスタジオを、五月晴れの日に訪ねた。北京の中心地から車で40分、さんざん迷ったすえに、4000坪の敷地に4棟が点在する広大なスタジオにたどり着いた。うち3棟は取り壊される運命にあった清時代の木造建物が移築され、スタジオというより荘園といった趣だ。
お茶を飲み、葉巻を吸いながらのリラックスした雰囲気で取材は始まった。1954年に北京に生まれた曾氏は81年に中央美術学院(北京)を卒業すると渡米、ボストンで14年間教鞭をとり、その後画家として活躍する中国の国際派だ。伝統と現代的な軽やかさを兼ね備えたその作品は人気が高く、サザビーズのオークションでは3000万円以上で落札される。また、再来年にはロシアのエルミタージュ美術館での展覧会も予定されている。「一帯一路」国際会議の記者会見の背景にも曾氏の水墨画が展示されていた。
曾氏自身は、とても謙虚で物静かな人柄だ。文房趣味の書画、奇石、古木などを絵画の題材にする氏にとって、コレクションと画業は不可分の関係にある。
まずは初期作品の展示棟を見せてもらった。天井高5メートルはあろうかという清時代の木造建物が移築されている。北京の高層ビル建築ラッシュに伴う古建築の取り壊しが盛んだった90年代だったからこそ可能だったので、今日ではこのような建物は到底手に入らないと語る。照明、展示方法といい、ほとんど美術館レベルの空間だ。
奇石とともに、古木もイマジネーションを刺激する対象だ。前方には絵の題材になった木の絵。
近作の展示棟を経て、いよいよ奇石コレクションを収めた棟にたどり着いた。大小ある奇石の数々は、山水画の世界や盆栽の形態を連想させる。中でも明時代から愛玩されたという名石は、その抽象的で鋭角的な形が現代美術の作品を思わせた。
これら奇石に、欧米の著名現代美術コレクターが高い関心を寄せるのも頷ける。サザビーズやクリスティーズのオークションでは、1億円を超える落札も見られるようになってきた。美に古今東西の境界線はない。