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1990年代には、若者御用達ブランドとして名を馳せた米国のブランド「トミー・ヒルフィガー」。だがその後、安売り路線が裏目に出て、低迷の憂き目に遭う。復活のカギは「欧州流」だった。

 (中略)1990年代には若者御用達ブランドとして一世を風靡し、00年には20億ドルもの売り上げを叩き出した。だが、航海用信号旗をイメージしたロゴはすぐに流行遅れとなり、 過剰な露出も相まって、ほとんど“内部崩壊”の状態に至った。 「我々は流行を追って失敗したのです。というのは流行とは所詮長続きしないものだから」
 現在63歳のヒルフィガーはそう語る。

 だがいま、同ブランドは欧州のビジネスマン2人によって再び勢いを取り戻している。同社のCEOを務めるのはヒルフィガーの完璧な後継者教育を受けたスイス人のダニエル・グリーダー(53)。もう1人はグリーダーの前任者であるオランダ人のフレッド・ゲーリング(60)だ。

誰にも見向きをされなくなり......
(中略)「答えは目の前にあったのです。欧州にね」
実際、同社の欧州での事業は好調で、巨大ロゴと低価格などに頼らない戦略で売り上げを伸ばしていた。ゲーリングとグリーダーは同社の米国事業を「欧州流」に切り換えることに決めた。彼らは従業員の40%を一時解雇し、百貨店の棚から安物商品を引き上げ、米国での卸売事業を縮小させた。

「エイパックスの投資はより品質の高い製品を作る資金を確保するためでした」とゲーリングは言う。「それから割引率を縮小するという賭けに出ました。事業は縮小して割引率をそのまま据え置くのは自殺行為ですから」

 この2人の経営者は米国のファッションおよびアパレル業界で最も力のある百貨店、メイシーズを独占的小売りパートナーに選んだ。
ニューヨークに本店を置くメイシーズは既にヒルフィガー社の卸売事業の約60%を取り扱っていたが、ゲーリングはこの比率を100%に高めたいと考えた。 ダブダブのジーンズやTシャツは姿を消した。代わりにストラクチャーセーターやスリム・フィットセーターが売り場に置かれるようになった。

 売り上げが22億ドルに達した09年にはエイパックスはヒルフィガー社から手を引きたがり、一方で、アパレルの上場コングロマリット、フィリップ・ヴァン・ヒューゼン(PVH)のエマヌエル・チリコCEOが、「傘下に入らないか」とゲーリングに打診してきた。10年、PVHは過去数年来小売業界で最高額となる30億ドルでヒルフィガー社を買収した。

 現在、ヒルフィガー社は年間約1億7,000万ドルを高級雑誌でのキャンペーンや海外主要都市の看板など宣伝広告費に使う。それにより、欧州部門の売り上げは世界全体の43%にあたる15億ドルにまで伸びた。 ヒルフィガーは同社の事業経営をグリーダーと昨年PVHの副会長に昇進した ゲーリングに任せていることに満足しているという。
「彼らは非常に円滑な経営をしてくれているんですよ」

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