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2017.08.06 11:00

芥川賞は岩手県、直木賞は長崎県 なぜ地方在住作家が増えているのか? 


記者会見が本の販促に及ぼす重要性を鑑み、最近では地方在住でも、ほとんどの作家がこの日のために上京して、都内で待機するようになった。しかし、今回、直木賞を受賞した佐藤氏は、彼の生活のベースである長崎・佐世保市で親しい編集者と発表を待っていた。

そのため、受賞の会見場には本人不在、映像では空の椅子が映され、音声と写真のみがテレビで流されたが、これはこれでなかなか新鮮な感じを演出し、意外にも注目を集めた。何が功を奏するのかは、現実が起こってみないとわからない。

安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子小説家

今回、佐藤氏が佐世保市で発表を待ったのは、前作の「鳩の撃退法」で第6回山田風太郎賞を受賞したときと同じシチュエーションで待ちたいという希望もあったのだが、それよりもなによりも、佐藤氏はすでに20年以上は東京へは足を運んでいない。あえて佐世保という町に住んで書くことにこだわっている作家なのだ。

では、受賞作の「月の満ち欠け」にも登場する東京駅のカフェや高田馬場の映画館などの細密な描写はどうしているのか。そのほとんどは、編集者からの詳細な情報と類稀な自身の描写力で書き上げている。

本人は受賞翌日のインタビューに答えて、「安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子小説家」と語っているが、これこそ作家・佐藤正午の真骨頂なのだ。現地に行かずして、現地にいるかのような描写を可能にする。これは、ありえないことをありえるかのように描く(今回の受賞作も生れ変わりというテーマに取り組んでいる)、彼の文章力の高さや並外れた物語る能力のなせる技なのだ。

近年、佐藤氏のように、地方に住んで作品を執筆している作家は多い。宮城県仙台市に居を構えベストセラーを連発する伊坂幸太郎氏、「流」で第153回直木賞に輝いた東山彰良氏は受賞後も福岡県小郡市に住み作家活動を続けている。

地方在住の作家が増えているのは、手書きで原稿を書くことがなくなり、通信手段の発展によりメール等で簡単に原稿のやりとりができるようになったことが大きいが、それ以上にコストのかからない暮らし、周囲からの雑音に悩まされることなく執筆に専念できる環境なども理由に挙げられる。

8月下旬には、芥川賞・直木賞の贈呈式が行われる。近年はサイン会のために県内の長崎市へ出かけた以外は、佐世保から離れたことがないという佐藤氏が、20数年ぶりに東京の土を踏むのか。メディアも文芸関係者の注目も、いまそこに集まっている。

文=フォーブス ジャパン編集部

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