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2017.08.02

リーマン・ショックがぼくのエンジニア魂を「宇宙」に向かわせた

HAKUTO Mechanical Engineer 古友大輔 


こうして2012年末から週末限定のボランティアメンバーとしてHAKUTOに参加した古友だったが、やがてその活動にのめり込んでいく。2014年末には家族に相談することもなく前述のエンジニアリングの会社を辞め、2015年からはプロジェクトにフルコミットすることになったのだ。

月までの運搬費用は1Kgで数億円

古友がHAKUTOで携わっているのは、ローバーの軽量化。一般的に、探査機など宇宙船に積む機材の積載重量が少し増えるだけで、宇宙への打ち上げ費用は大きく膨らむと言われている。しかもGoogle Lunar XPRIZEは、莫大な国家予算が投入される政府事業とは異なる民間のレースだ。

各チームが保有する資金には限りがあり、費用負担の軽減=機体重量の軽量化が必須となってくる。ただ資金的な側面を考慮するあまり、探査機能が低下しては元も子もない。資金的にも機能的にも「バランスの取れた軽量化」をいかに達成するかが、レース勝利のカギとなる。

「地球から宇宙ステーションまでの距離は約400km。東京から名古屋までくらいの距離でしょうか。その宇宙ステーションまで地上から何かモノを運ぼうとすると、1kgあたり約600万円の費用が必要です。ぼくたちがSORATOを送ろうとしている月までの距離は約38万kmで、そうなると重量1kgあたり数億円の費用がかかる」

「費用が高くなるのは、距離はもちろんですが、技術的な理由もあります。月は秒速およそ1kmという超高速度で地球の周りを回っています。月面に着陸するためには、そのスピードを計算に入れて、上手く狙ったポイントに降りていかなければなりません。宇宙ステーションにモノを送るよりはるかに難易度の高いミッションとなるので、積載する機材の運搬費用も跳ね上がるのです」

古友は、自分たちが開発するSORATOについて、「他チームのローバーと比べて、技術水準が圧倒的に高い」と自信をのぞかせている。その理由として、開発に協力するサプライヤー、ベンダー企業の技術力が高いこと、そしてメンバーが設計思想を実現するため、日々、徹底した議論と開発を続けていることを挙げる。

「軽量化を実現するためには、複合的に検討する必要があります。それは、設計、素材、製造、そしてそれらを評価する方法など多岐にわたります。ぼくたちは、最小最軽量、加えて機能も譲らないという機能実現の思想を徹底し、1グラム単位で開発を煮詰めてきました。2015年にローバーの設計を始めたときとは、熟成の度合いが段違いです」

打ち上げまで残すところ約半年。「エンジニアは欲張り。打ち上げぎりぎりまで高みを目指して攻めていきたい」と話す古友だが、すでに「HAKUTO後」も見据えている。それは、過去に経験した宇宙業界の保守的な環境にエンジニアの立場から風穴を空け、民間宇宙時代の幕開けに寄与するということだ。

「宇宙は特別という印象を覆したい」古友はそう意気込みを話す。

「ぼくが所属するispace社は、今後、宇宙空間で定期的に資源探査などを行うビジネスを目指していますが、個人的には、ユーザーが宇宙をより身近に感じられるシステムも実現したいと考えています。例えば、誰かが宇宙にカメラを持って行って撮影したいと考えていたら、それを簡単に実現できるシステムをつくりたい。いま宇宙にモノを持っていくためには、振動や熱、真空などに機材が耐えることができるかなど、煩雑な検査をいくつもこなす必要があります」

「ぼくとしては、それらのプロセスを簡単にクリアできるような開発手法も含むインフラを整えたいと考えています。もし簡単にモノを宇宙に運べるようになれば、みなさんにとっても宇宙はどんどん広がっていくはずです」

そして、エンジニアリングとは技術課題を解決するための方法を模索、実行、検証、そして実用化していくことだと古友は語る。考えてみれば、そこに自動車や宇宙船の違いはない。「宇宙」にまったく興味がなかった古友が、そこに見出したのは、新たな可能性に満ちたスケールアップされた世界だった。

古友のエンジニア魂は、無限の宇宙に向かって、羽ばたこうとしている。民間が担う宇宙の時代は、こうした熱きエンジニアたちに支えられ切り拓かれていくのだ。

*Forbes JAPANは、月面探査用ロボットの打ち上げまで、HAKUTOプロジェクトの動きを追いかけていく。
au HAKUTO MOON CHALLENGE 公式サイト>>

文=河 鐘基 編集=稲垣伸寿 写真=岩沢蘭

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