長田はそのアイデアを思いついたとき、上空からのセンシングの持つ可能性の大きさに胸が躍ったと回想する。
「100メートル四方といった大きな圃場が当たり前になると、稲が育てば水田の中に人は入れませんから、どうしたって人間の目では全体を把握できなくなります。その意味でも集約化が進めば進むほど、上空から圃場を『見える化』するニーズは強まっていく」
ただ、同社には光学カメラの技術がない。「(コニカミノルタから)SPADでの測定をカメラによって”面”でできるようになる、と聞いたときのインパクトは強かったです。これは間違いなく日本の農業を変える力になる、とすぐさま思いましたね」
当初、長田が思い描いていたのは、無人ヘリでセンシングを行いながら同時に肥料を撒くという大胆なものだった。だが、センシングを正確に行うためには、稲が垂直に立っていることが条件だ。無人ヘリではプロペラによる下降気流で稲穂が倒れてしまい、データを取得するのが難しかった。そこで彼らはドローンの使用に舵を切り、「撮影はドローン、追肥は無人ヘリ」という現在の形に落ち着くことになったという。
星野が話す。
「実用化を確信したのは実験開始から2年後、試行錯誤していた入射光の補正技術が確立され、センシングのデータとSPADのデータに相関が取れるようになった時です。二つのデータがきれいに一直線上に並んだグラフを見た際は、『これでいける!』と思いましたよ」
「経験」がなくても農業ができる時代に
実際に圃場でのセンシングの結果に基づいて可変追肥を行うと、目に見えて大きな効果があった。土壌が適切に改善されたことで、同量の肥料と10メートル四方あたりの収量は7俵から11俵へ増加。ブランド米の「はえぬき」でも、6俵から10俵へ収穫量が増えた。さらに品質の指標であるタンパク質含有量についても、有意差のある効果が認められた。
「SPADでは10株の測定に30分の時間が必要でしたが、ドローンでは30アールを約1分で撮影できます。追肥作業も重い動力散布機を背負って行っていましたが、その重労働からも解放される。農家の方々の負担は相当に軽減されます」(星野)
また、二人が口を揃えて強調するのは、こうしたドローンによる圃場のセンシングが将来、農業の風景やイメージを一変させるきっかけになるということだった。
「追肥の他にも、サーマルカメラを使って稲穂の発熱を調べれば、病気をいち早く発見したり、刈り取り時期を判断したりもできるようになる。もちろん米作以外にも応用していく。そうして我々が最終的に考えているのは、農業を3C=『クリーン、カンファタブル、クレバー』という仕事へと変えていくことなんです」
そのカギとなるのが農機具のICT化だ。すでにヤンマーには農機をアンテナと通信端末を通して管理し、作業記録をクラウド管理するソリューションサービスがある。空からの情報と農機に取り付けたセンサーのデータ。それらをフィードバックし合うことで、さらなる効率化・省力化のアイデアも生み出されてくるだろう。
「経験豊富な農家の減少によって知識と勘が伝承され難い現状では、若手が就農しても経験不足から成果が出せず、結局はやめてしまう事例も多い。しかし、こうした精密農業の技術がより進むと、たとえ知識がなくても意欲と経営センスさえあれば、きちんと農業に進出できる仕組みができるはず。オフィスにいながらタブレットで農地の全てを管理し、ボタン一つで全ての作業が自動運転の農機で進められる─そんな未来もそう遠くはないと考えています」
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