ビジネス

2017.07.18

家族主義と業績主義を両立させる「有言実行の経営」

(左から)デロイト トーマツ コンサルティングの日置圭介氏、BASFの須田修弘氏、早稲田大学大学院の入山章栄氏


日置:「外部の新技術」に関しては、日本企業ではなかなか活用しきれていないコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を、ドイツで別法人として運営し、これまでも投資先企業を、BASF本体へとスムーズに取り込んできた実績があります。異なる体質の企業を買収することには困難が伴うものです。なぜ、うまくいくのでしょうか。

須田:フェアブントの理念と、そこを起点に生まれたBASFの戦略が、企業全体に浸透しているからだと思います。BASFの企業風土の根底にあるゲマインシャフト(家族共同体)も要因かもしれません。フェアブントサイトと呼ぶ私たちの統合生産拠点では、製造設備が極めて効率的に結びついています。

この考え方は、生産や技術のみならず社員にも浸透しており、全社員の経験や専門知識を結びつけています。BASFには、フェアブントを強みとした、イノベーションの生まれやすい気質がある、というわけです。

入山:また、BASFは、さらなる総合化・多角化を目指し、断続的な買収を実施してきました。10年から16年で買収した事業の売上高は、52億ユーロ(約6416億円/16年末の為替レート)。その一方で、同時期に売却した事業は、200億ユーロ(約2兆4680億円)と、企業買収以上に大胆な事業売却を行ってきました。どのような条件の下で、売却の意思決定を実施していますか。

須田:現在は、バリューチェーンの「川下」にフォーカスしていく方針で、事業ポートフォリオの入れ替えを進めています。売却する事業であっても、基本的に利益を出しています。しかし、会社の方向性に合わないのならば、売却することが我々の方針です。

日置:ゲマインシャフト(家族共同体)的な側面を持つ企業としては、事業を売却することに困難はないのでしょうか。

須田:もちろん困難に直面することもあります。しかし、社員には「これまで培ってきた知見を活かせる機会」として理解してもらえるよう努めています。

入山:BASFが、従業員に理解してもらった上で、事業を売却できているのは、事業の収益が成り立っている状態で、売却を行っているからでしょう。事業が“死に体”になれば、買い手も見つからず、会社も従業員も不利益を被ります。会社の目指すビジョンから外れた段階で、早期に売却の決断ができていることは、注目に値します。

日置:先ほどあった、マーケットバリューが高まるように人材育成を実施していることも、売却が比較的スムーズに運ぶ大きな理由。プロフェッショナル人材であれば、万が一、BASFがその事業を手放すことになったとしても、恵まれた環境を整えられれば、活躍し続けることができるので、会社側も適時での判断ができるというわけですね。

須田:資本コストによる事業収益の管理と、どんな状況においても価値を創出できるプロフェッショナルな人材の育成。この2点のおかげで、BASFは大胆な買収・売却を実施しながら、常に最適な事業ポートフォリオへと組み替えることができます。だからこそ、BASFは、現在でも「総合化学会社」として、強みを発揮しながら生き残り続けることができています。


入山章栄◎早稲田大学大学院経営管理研究科准教授。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』など。

日置圭介◎デロイト トーマツ コンサルティング執行役員パートナー。早稲田大学大学院会計研究科非常勤講師。

須田修弘◎BASFジャパン代表取締役副社長兼財務管理統括本部長。1986年に入社後、財務・経理担当などを歴任。2009年、東アジア地域統括本部ファイナンス&コントローリング アジアパシフィックディレクター就任。13年8月より現職。

文=山本隆太郎 写真=マーティン・ホルトカンプ

この記事は 「Forbes JAPAN No.36 2017年7月号(2017/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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