ビジネス

2017.07.12

言葉を超えて伝わるもの[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

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新入社員の頃、優れた上司に仕えたが、その上司の判断に、深く学ぶ機会があった。
 
それは、ある技術調査会社が、当社から調査の仕事を得ようと売り込みに来たときのこと。来訪したのは、先方の部長と若手社員。当方は、上司と私が応対し、四人で会議室に入った。

私は、先方の技術調査能力を評価するための質問を準備し、傍らに侍していたが、なぜか、上司は先方の部長との雑談で盛り上がり、瞬く間に予定していた一時間が過ぎてしまった。すると、その上司、最後に一言、「では、この仕事、よろしく!」と発注を決めてしまった。

エレベータホールで二人を見送った後、その上司は、私の心を見透かしたように、こう言った。「あの会社に発注したら良い!見たか、あの若い担当者。あいつ、良い面構えをしていたな。きっと良い仕事をするぞ!」

思わず、先ほどの会議を振り返ると、その若手社員、挨拶以外は、最初から最後まで一言も発しなかったが、目つきも鋭く、何か存在感があった。

そして、この会社に発注した調査業務は、上司の直観通り、その若手社員の仕事によって、満足できる内容のものが届けられた。

このとき、人間同士、言葉を交わさなくとも、面構えだけで、大切なメッセージが伝わるということを学んだ。そして、同時に、自分の面構えが、どのようなメッセージを相手に伝えているかを考え、心掛けるようになった。

コミュニケーション研究においては、言葉で伝わる「言語的メッセージ」よりも、眼差しや表情、仕草や姿勢、雰囲気や空気を通じて伝わる「非言語的メッセージ」の方が、何倍も大きな比重を占めることが明らかにされているが、残念ながら、最近のビジネスパーソンの多くは、「言葉をいかに使うか」「資料をどう工夫するか」という次元でのコミュニケーションしか考えない傾向がある。

しかし、そうしたことは、コミュニケーションの技法という意味では、初歩的な段階にすぎない。

真のコミュニケーション技法は、その奥にある。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN No.36 2017年7月号(2017/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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