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放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。

ひとりの資産家の粋な計らいで建てられた軽井沢大賀ホールでは、今日も楽しく美しい音の響きが・・・

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第23回。軽井沢をこよなく愛する筆者が、さらなる文化的な楽しみを享受できる町へと生まれ変わらせる、さまざまなアイデアを考えた。


前クールの連続ドラマ『カルテット』に登場し、本連載の第1回でも書いた、「軽井沢大賀ホール」の話をあらためて。

ソニーブランドの礎を築き、晩年は名誉会長に就任した大賀典雄さんは、退職慰労金16億円の手取り分約12億円を長野県軽井沢町に寄付、自ら事業主となって軽井沢初の音楽ホールを建設し、町に寄贈した。高さ18.9m、地上2階、客席数784席。音響的理想を追求した結果、形は五角形。木のぬくもりに満ち、年月を経てさらに音の深みを増していく素敵なホールだ。

東京藝術大学音楽学部出身で声楽家・指揮者でもあった大賀さんは、このホールで東京フィルハーモニー交響楽団などの指揮もされた。つまり、資産家が世話になった地に恩返しをするだけでなく、ご本人の趣味も兼ねていたところに、大賀さんの粋な遊び心がある。“有意義なお金の使い方”とは、こういうことを指すのだろう。

その軽井沢大賀ホールで5月14日、ちょっとユニークなコンサートが開催される(この記事が出るころには終了しているが、原稿執筆時点ではこれからの楽しみなのです)。題して「ズブの素人の懲りない爺さんが原始人の音楽会へご招待」。ポスターのキャッチには「94歳の終末期高齢者の朗読とピアノ弾き語りのコラボ」とあり、入場料は「勿論無料」と書いてある。

そう、94歳のアマチュア・ピアニスト、村岡清一さんが繰り広げる愉快なリサイタルなのだ。

村岡さんがピアノを始めたのはなんと81歳のとき。もともとは写真関係の会社を経営し、退職後に奥様とスペイン南部のコルタ・デル・ソルへと移住した。しかし奥様が体の具合を悪くされ、療養のために1998年に帰国して、別荘のあった軽井沢に移り住んだ。翌年、奥様が逝去。最も大切だった方を亡くしてふさぎ込んでいた村岡さんだったが、奥様の弾いていたピアノになんとなく触っているうちに、習ってみようと思い立ったのだという。

2014年には「ピアノを始めて10周年」を記念し、軽井沢大賀ホールで「ズブの素人の下手の横好きリサイタル〜91歳の爺さんのピアノ弾き語り」を開催、600人を集めた。次回は「軽井沢に家を建てて50年」にあたる20年に開催を予定していたのだが、耳が遠くなったこともあって、今年の5月に時期が早まったそうだ。

僕は初回のリサイタルは見ていないのだが、想像するだけで笑みと涙がこぼれる。素敵な召し物でかしこまって聴くクラシックコンサートも非日常的で洒落た時間だと思うけれど、村岡さんのリサイタルではきっと普段着の市民の皆さんが、笑ったり、体を動かしたり、一緒に歌ったりしたのではないだろうか(なにしろ選曲は「マイウエイ」とか「見上げてごらん夜の星を」で、平均年齢82歳のカラオケ愛好会有志も出演したとか)。

ホールには村岡さんのいうところの「原始人の音楽」、つまり純粋に音を楽しむ喜びが満ち満ちていたと僕は推察する。たくさんの人を笑顔にし、希望を与える音楽ホールになったことを、大賀さんも天国で喜んでいるに違いない。

軽井沢の「宝物」をめぐる

軽井沢に僕が通うようになったきっかけは、「エルミタージュ ドゥ タムラ」というフレンチレストランである。もともと東京・西麻布でレストランを営んでいた田村良雄シェフが軽井沢に移り住み、2000年に水上勉さんの別荘を改装してオープンした。

「エルミタージュ」は隠れ家という意味で、その言葉にふさわしく、とても居心地がよい。もちろん料理はいわずもがな。東京からわざわざ通う人が多いのも納得である。

イラストレーション=サイトウユウスケ

 

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