商品ラインアップも変わってくるだろう。例えば、今売れ筋の商品といえば毎月分配型投信だが、資産形成のための運用先として毎月分配型投信は不向きだ。退職金の受け皿として「現状は売れているのだからこれでいい」と売り続けるかもしれないが、そのやり方では10年は持たない。もっとシンプルで低コストの商品が求められるようになるだろう。
そして、この流れは年々加速していく。実店舗を持つ金融機関のブランドではなく、ネット取引での利便性や品揃えの質がモノを言うことになるのだ。
地方の金融機関はさらに深刻だ。相続資金のうち相当な割合が都市に流れていくだろう。相続対象者が都会に住んでいるからだ。人口が都市へ移動するだけではなく、お金も都市に移る。その受け皿となるのはメガバンクになるとは限らない。かなりの部分がインターネット証券、銀行に預けられるのではないだろうか。
そうなると、金融機関では大リストラを免れることができない。日本酒業界でもそうだったし、かつては炭鉱業界、鉄鋼業界などで起こったことだ。かといって、いま金融機関の経営陣が手を打つかというと、果たしてどうだろう。10年後に自分たちはすでにいないわけだから、何とか逃げ切れるうちにサラリーマン人生をまっとうしようと思うのではないか。
一方、新潟の酒造メーカー「菊水酒造」の社長は、人口動態のグラフとその趣味嗜好の実態を見て危機感を抱き、手を打った。若い世代への浸透と海外展開だ。海外展開の話はさておき、若い世代により訴求するために、若い世代が好むようなデザインやネーミング、飲み口に変えた。東京にアンテナショップを作ったり、「カルーア・ミルク」のように牛乳で割って飲みやすくするアイデアを提案したり、打てる手を次々に打っていった。
こうした戦略の転換は、山口の「獺祭」でも行われた。今、生き残っている酒造メーカーは、地力があって伝統をしっかり守った一部のところと、時代に応じてダイナミックに転換を図れたところだ。
金融庁の森長官は冒頭に紹介した講演のなかで「顧客である消費者の真の利益を顧みない、生産者の論理が横行している傾向が顕著に見受けられる」と、辛辣な言葉で資産運用業界を批判している。
私は「自分と同じようなことをおっしゃる方だ」ととても驚いた。それまで金融庁は、どちらかと言えば敵対する立場だと思っていたのだが、森長官は言いたいことをいつも代弁してくれている。
森長官は業界では、理想主義者で原理主義者だと思われている節もある。しかし、むしろ、「すごく優しいおじさん」であるというのが私の見立てだ。「あなたたち、このままだと大変なことになりますよ。今、ここでシフトチェンジをしないと手遅れになりますよ」と、わざわざ教えてくれているのだから。
彼の正体はじつは、未来に多くの既存の金融機関が大変な状況になっているのを見て、未来の金融機関から送り込まれた「ターミネーター」なのではないか……。そんなことまで考えてしまうのだ。