トランプ流で大統領の椅子を狙う「インドネシアのメディア王」

トランプ(左)ハリー(中央)ハリーの妻リリアナ(右)


もちろん、国民の9割がイスラム教徒であるインドネシアに「トランプ」ブランドを売りこむことにはリスクがある。以前はトランプの反イスラム的発言が「誤解」で、「急進的なイスラム教徒」のことを指していたにすぎないとして、批判をはねつけていた。しかし、大統領就任後の入国禁止などを巡る騒動を受けて、公式の場でトランプに関する話をするのを避けるようになっている。

事業拡大より政界入りを優先

MNCは現在、60以上のローカルテレビ局、4つの全国局、新聞1社、不動産開発会社1社を擁し、その他、鉱山を含む多岐にわたる投資を行っている。猛烈な勢いで事業を拡大する一方で、負債も増やした。

現在膨れ上がった負債は5年間でおよそ350%増の22億ドルに達し、ムーディーズもS&Pも、MNC親会社の社債をジャンク債に格付けし、否定的な見通しを持っている。

しかしハリーは負債に関する懸念を一蹴。なぜなら、政治の世界に身を移すため、会社をこれ以上大きくする計画はないからだという。実際に昨年には、MNC最大のメディア事業のCEOを退任している。

ハリーがインドネシアの国政に初めて進出したのは14年の大統領選挙の時だ。最初に入った政党での主導権争いの後、元国軍司令官ウィラントが率いるハヌラ党に乗り換えた。ウィラントの副大統領候補として出馬したが、もっと有名で強力な候補者が現れ、彼らは泡沫候補になった。

負けが決まったハリーは、強引な選挙運動を展開。独裁時代への回帰を示唆した元陸将プラボウォ・スビアントの支持に回った。しかし選挙は穏健派のジョコ・ウィドドが勝利に終わった。

そして同年10月、ハリーは自分の政党、ペリンド党の立ち上げに向けて動き出す。彼は今も撮影スタッフを行く先々に同行させ、ツイッターに写真を投稿しているが、ソーシャルメディアを自分のプロフィールを広める主なパイプとして使い始めたのはこのころのことだ。

ジャカルタに拠点を置くシンクタンク「インドネシア政策研究センター」の共同設立者、ライナー・ハイファースは、「タヌスディビョには実際に世論を動かす選挙対策組織やメディアに資金提供を行う財力がある。だから、比較的短期間で影響力を持つ政治家になる可能性がある」と語る。ハリーは、インドネシアを参加型民主主義から独裁傾向の強い体制に移行させるあらゆる兆候を見せているという。

しかしハリーには宗教と民族という、「ポピュリストの億万長者」というイメージ以上に乗り越えなければならない壁がある。世界最大のイスラム教国において彼はキリスト教徒であり、しかも彼と同じ中国系の国民は、インドネシアではごく少数派だからだ。

実際に、「わが党は躍進している」というハリーの宣言を、インドネシアの政治関係者はほぼ全員が否定している。民族的背景と宗教的背景がネックになっているうえに、1万3466の島で700以上の言語が話されているインドネシアでは、彼にはそれほどの知名度がない。彼の立候補は「大ばくち」とみなされているのだ。

現在、最も可能性のあるシナリオは、19年の大統領選挙に再び誰かの副大統領候補として選挙資金を提供し、その後の大統領選に大統領候補として出馬することだろう。

メディアとトランプとのコネが武器

またハリーには、インドネシア中の注目を集めたある政治スキャンダルに関与しているという疑惑がある。8年前にインドネシアの汚職撲滅委員会アンタサリ・アズハル委員長(当時)が知人を殺害した容疑で逮捕された事件だ。

アズハルは、裁判で禁固18年の実刑判決を受けたものの16年に釈放。事件当時から、汚職捜査機関のトップだったアズハルが、「不適切な」人物を追及したために、代償を払わされたのではないかという憶測が飛び交ってはいたが、最近、彼は前インドネシア大統領スシロ・バンバン・ユドヨノに脅しをかけられていたと告発。その仲介役がハリーだったというのである。
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編集=フォーブスジャパン 翻訳=中島早苗 写真=ジャメル・トッピン

この記事は 「Forbes JAPAN No.36 2017年7月号(2017/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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