世界最速のスタートアップ育成所、中国深セン「HAX」の起業家たち

卓球の練習ロボット「トレイナーボット(Trainerbot)」を生んだ台湾人兄弟のアレックス(左)とハリソン(右)


日本人はなぜチャレンジしない?


HAXへの応募企業の半数はアメリカとカナダ、25%がEU諸国。韓国やタイ、インドからの応募もあるが、日本からの応募はほぼ皆無という。

「言葉の壁を理由にする日本人も多いが、HAXには英語が全く話せない韓国のチームが参加したこともある。最後まで日常会話は上達しなかったけれど、英語でプレゼンぐらいはできるようになって帰った」

そんな状況にようやく変化が訪れた。今年、HAXの育成スタートアップに選ばれた日本人が率いる企業がある。藤本剛一(48)の「Walkies Lab」だ。藤本は数年前に電通を退職後、デジタル系人材を多数輩出していることで知られるカナダのバンクーバーの大学院「センター・フォー・デジタルメディア(CDM)」に留学した


Walkies Labの藤本剛一(中央)、Joyce(左)、Tianyi(右)。「プロダクト製造だけでなく現地での暮らし方の助言も得られるのがHAXの強み」(藤本)

「約20年の会社員生活に区切りをつけ、バンクーバーに移住した。当時、子供が生まれるタイミングだったけれど、どうしても新しいことにチャレンジしたくなった。卒業後は現地で就職する道も考えた」
 
大学院の課題で仲間とウェアラブル玩具を製作中にHAXの存在をユーチューブの動画で知った。プロモーション動画を作り、経歴書をまとめて応募してみたところ書類審査を通過。2度のオンライン面接で合格を告げられた。

「実際にHAXに来てみると、劇的に製作のスピードが向上する。過去のチームの失敗から学べることも多い。ハードウェア製造は結局、時間との戦いだ。試行錯誤にかける時間のロスを省く膨大な知識が、ここには蓄積されている」

日本人はなぜ海外に出ないのか、という疑問に藤本はこう返した。

「日本には“見る阿呆”ばかりで、“踊る阿呆”がいない。僕はカナダの大学院でも一人だったし、ここでも『ようやく日本人が来た』と言われた。HAXを見学に来る日本人は多いけれど、みんな見に来るだけで終わる。CESの会場にも日本人は山ほど来ているが、日本企業からの出展は驚くほど少ない」

驚異的な発展を遂げる中国には、この国特有の問題も数多く存在する。

「人間は必ずしも夢や希望だけで起業したり、海外に出たりするわけではない。世界にはネガティブな理由で国を離れる人たちも大勢いる。経済の悪化やテロの危険、人種差別といった理由で仕方なく母国を去る人も多い。それに比べて今の日本はずいぶん居心地のよい国なのかもしれない。でも、人口が減り続け、経済も停滞しアジア情勢に変化が訪れた時、この先の日本に何が起こるのかは分からない」

藤本は踊る阿呆になることを決意した。クレイジーな奴らが3人で会社を立ちあげて、深センの111日間で世界を変えるチャレンジの途中にいる。

文=上田裕資 写真=ビタリー・ヴィジョフスキー

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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