そんな彼が、「十四代」の蔵元である高木酒造の協力のもと、自身の日本酒ブランド、「N」を初めて発売したのは、2014年のこと。それから3年。今回は、昨年収穫した米で作った2016年のヴィンテージのNと、「十四代インターナショナル」のお披露目を兼ねてシンガポールにやって来た。
シンガポールでNを扱う店のひとつ、La Terreのオーナーソムリエでインターナショナル唎酒師の川合大介氏は、「初年度の2013年ヴィンテージはミネラルが強く、タイトな印象だったが、2016年のNは非常にまろやかで余韻が長い。どの年も共通している味わいとしては、旨味がしっかりしているのに、後味がしつこくない」とその魅力を語る。
1本2200シンガポールドル(約17万円)という価格で提供しているが、すでに4本が売れており、シンガポールの富裕層が”日常の贅沢”として飲んでいるのだという。
限定生産、高価格、積極的な海外展開──。「Nの目的は、売れることではない」と語る中田英寿が考える、日本酒の戦略とは。
──まずは、ご自身のブランドの日本酒Nを出されたきっかけについて教えてください。
中田英寿(以下、中田):ここ5年ほどで、和食が急速に世界的に広まって来たと感じます。そして、それと同時に和食に欠かせない日本酒の需要も広がった。
でも、海外で飲む側からすると、そもそもほとんどの人が日本語で書かれているラベルが読めないうえ、日本酒の情報も少なく、教えてくれる人もいない。結果、自分の好みの日本酒を銘柄で選ぶことが非常に難しい。一方、作り手である蔵元は、海外市場の情報がなかなか分からない。
こうした情報不足のミスマッチを、つないでいくことができないか。それがそもそもの発端でした。
──日本酒が世界に出ていくために、どんな部分が欠けていると感じましたか?
中田:まず、海外での日本酒の価格。製造技術が向上し、品質も良くなっているのに、同じ醸造酒であるワインと比較して、安すぎると私は考えています。市場を拡大させていくためには、ワインのように価格帯の幅を広げていく必要があると思いました。
そして世界で日本酒が売れていくためには、人にきちんと伝わるブランディングをしていかなくてはなりません。つまり、名前を覚えてもらい、価値を知ってもらうことが必要です。
日本酒は伝統産業なので、日本国内で値上げをすることが難しい。だから、海外で先にブランディングをして、高級市場を作っていく方が良いのではないかと考えました。
中田氏がプロデュースする「N」。Copyright JAPAN CRAFT SAKE COMPANY CO., LTD. All Rights Reserved.
──Nは、シンガポール屈指の高級和食「Waku Ghin」や、シンガポールナンバーワンソムリエが経営するバー、「La Terre」などのハイエンドな店で、1本(720ml)約17万円〜24万円で提供されています。この価格設定には、どのような意味があるのでしょう?
中田:Nは海外でしか販売せず、1000本の限定生産です。そして、私たちで最低市場価格を設定しています。Nの目的は、売れることではありません。これを、1万本生産して稼ごう、などとは全く考えていないのです。