ビジネス

2017.06.22

「注文をまちがえる料理店」のこれまでとこれから

6月3日、4日にプレオープンした「注文をまちがえる料理店」。実行委員のプロフェッショナルの方々と(筆者中央)


料理店で一番評判が良かったことがあります。それは、ピアノの演奏でした。プレオープンの3日前、注文をまちがえる料理店実行委員会の定例会議に出席してくれた三川夫妻から「ピアノの演奏をしたい」との連絡が入りました。

妻の三川泰子さんは、ピアノの先生をしている専門家でした。しかし、4年ほど前に認知症を発症し、楽譜が読めなくなり、徐々に鍵盤の位置も分からなくなってきました。それでもピアノを弾きたいと、夫の一夫さんと一緒に練習を続けてきた曲があるので、それを料理店で演奏したいというのです。曲は「アヴェマリア(グノー/バッハ)」。泰子さんがピアノ、夫の一夫さんは独学で学んだチェロで、一緒に演奏してもらうことにしました。

お客さんの食事が終わった頃を見計らって二人を紹介し、演奏が始まります。何度も間違える泰子さん。音を外し、リズムが乱れます。そのたびに一夫さんが、そっと手を添え、正しい鍵盤の位置に泰子さんの指を置きます。止まり、戻り、つっかえながら、泰子さんが最後まで弾き終えたとき、料理店には優しい拍手がわき起こりました。

演奏を終えた泰子さんを迎えると、「本当にありがとう。私は自分がどうなってしまったのか分かっています。ぜんぜん上手に弾けなかったけど、またこうしてピアノを弾けて、本当に嬉しいの」と言うのです。泰子さんは、演奏をするたびに、毎回同じことを、僕に伝えてくれました。僕はただただ「すばらしい演奏でしたね」と言うばかりで、それ以外の言葉が見つかりませんでした。

2日間のプレオープンが無事に終わりましたが、その成果は僕たちの想像を上回るものでした。お客さんにお願いしたアンケート結果を見ると、60%以上のお客さんのテーブルで間違いがあったことが分かりました。しかし、そのことで腹を立てたり、不快に思ったという人はおらず、90%が「またぜひ来店したい」と答えてくれたのです。

もちろん多くの課題も明らかになりました。45~60分で一回転を目指していましたが、実際は60~90分で一回転となり、お客さんを30分以上待たせてしまう。もっと認知症のことを知るためのハンドブックなどが欲しいという声も聞かれました。さらに、2日目になるとサポートする僕たちの方が慣れてきて、どうしても効率的なオペレーションに走ってしまう傾向がありました。効率化すればするほど、この料理店は、普通の料理店になっていきます。そのバランスが難しいなと感じました。

言い出したらきりがないほど、課題は山積みです。でも、やってみたからこそ分かったこともたくさんあります。

僕につきまとっていた「認知症の人を笑いものにするのか、見世物にするのか」という不安。それは、ある意味においては、笑いものにしているのかもしれませんし、見世物にしているのかもしれません。おそらくこの先もその不安や恐怖は常につきまとうと思います。でも、その恐怖や不安を越えなければ、ことは何も動かないということもよく分かりました。

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次は、9月21日の世界アルツハイマーデーの前後で、「注文をまちがえる料理店」の本オープンを実現させたいと思っています。でも、本当にできるのかどうかは分かりません。準備はこれからなので。もしかしたら間に合わなくて、全然違う時期にやっているかもしれません。でも、そこは目をつぶってくださいね。注文をまちがえる料理店は、寛容の心で付き合って頂くのが一番いいですから。

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文=小国士郎

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