ビジネス

2017.06.22

「注文をまちがえる料理店」のこれまでとこれから

6月3日、4日にプレオープンした「注文をまちがえる料理店」。実行委員のプロフェッショナルの方々と(筆者中央)


2の「間違えることを目的としない。わざと間違える仕掛けはしない」という点については本当に悩みました。お客さんの期待が「注文を間違う」ことに集中してしまったらどうしよう。いや、むしろそれを期待してこのレストランにいらっしゃる方も少なくないかも、と思ったのです。でも、わざと認知症の方が間違えるように設計するのは本末転倒な気がしました。

実行委員会の打ち合わせには、若年性認知症の当事者の三川泰子さんとその夫の一夫さんにも出席してもらっていたのですが、あるとき一夫さんが「妻にとって、間違えるということはとてもつらいことなんですよね…」とおっしゃったんですね。その言葉は僕の胸に深く深く突き刺さりました。やっぱり、わざと間違えるような設計は絶対にやめよう。間違えないように最善の対応を取りながらも、それでも間違えちゃったら許してね(てへぺろ)という設計にしようと決めました。

さて、これで準備は整いました。来てくれたお客さんも、認知症の当事者の方も、僕たちも、みんなが「やってよかったね」と笑って帰れることを目標に、注文をまちがえる料理店はプレオープンの日を迎えたのです。

場所は、都内某所。「77会」の協力を得て、座席数12席の小ぶりでおしゃれなストランをお借りすることができました。朝、僕はレストランに向かう電車の中で、不安でいっぱいでした。正直言うと、前の晩はまったく眠れませんでした。もっと言うと、吐きそうなくらい緊張していました。

やはり、怖かったのです。「認知症の人を笑いものにするつもりなのか?」「間違えると思って期待していたのに、つまらなかった」…と戸惑うお客さんの様子、右往左往してつらそうに注文を取るおばあちゃん。そんなネガティブな映像がぐるぐると頭を巡るのです。レストランが近づくに連れて、不安が大きくなっていきます。

どうしよう、本当に行きたくないな、とまで思ったとき、僕は5年前に見た風景を思い出していました。ハンバーグと餃子を間違えながらも、ほのぼのお料理を作り、美味しそうに食べていたおじいちゃん、おばあちゃんの姿です。大丈夫、大丈夫。うまくいかせようと思わなくて、大丈夫。変な感覚ですが、そう思うと、ふっと気が楽になりました。

今回のプレオープンの2日間でお越しになるお客さんは80人。多くが実行委員会のメンバーの友人・知人で、事前予約制としました。注文を取るおじいちゃん、おばあちゃんは事前に「やりたい!」という意思を示してくれた人の中から、和田さんたち専門家に選んでもらった6人です。福祉の専門家のサポートも受けながら、ローテーションでホールスタッフをつとめます。てへぺろマークの入ったエプロンを着けて、おばあちゃんたちもやる気十分。うん、かわいいぞ、おばあちゃん!

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さあ、いざ店が開いてみると、目の前にはすごい光景が広がりました。おばあちゃん、絶好調。水は2個出すのは普通、サラダにはスプーン、ホットコーヒーにはストローがついています。

そして、注文を間違わないようにと僕たちが結構苦労して作ったオーダー表なんですが・・・それをお客さんに渡して書かせてるじゃないですか。すごいぞ、それなら間違わないね!と思ったら、ハンバーグを頼んだお客さんに餃子を出してるよ…さらに、レストランの入り口に立てかけられた「注文をまちがえる料理店」の看板を見て、「注文を間違えるなんてひどいレストランだね」と笑い飛ばすおばあちゃん。いや、あんたや!あんたが間違えとるんや!

カオスです。はっきり言って、むちゃくちゃなんです。それなのに、お客さんがみんな楽しそうなんですね。注文を取るのかなと思ったら、昔話に花を咲かせてしまうおばあちゃんとそのまま和やかに談笑したり、間違った料理が出てきても、お客さん同士で融通しあったり、誰一人として苛立ったり、怒ったりする人がいないのです。あちこちで、たくさんのコミュニケーションが生まれ、なんとなく間違っていたはずのことがふんわり解決していく。これは面白いなぁと思いました。



認知症当事者であるおじいちゃん、おばあちゃんに話を聞いてみると、印象的な言葉がいくつも聞けました。元美容師のコウメさん(仮名)に「疲れませんか?」と聞くと、「私はずっと立ち仕事だったからね、これくらいで疲れてたらお話にならないでしょ」と即答されました。そして続けて、「ここは明日もやるの? 断られても、私は明日も来るけどね!」と言われました。

そして、以前社員食堂で働いていた60代の若年性認知症の三澤さんは、僕に昔話をしてくれました。「社員食堂で働いていたときはさ、間違えたら当然怒られるよね。怒られるくらいだったらよくて、お客さんは帰っちゃう、下手したら私はクビだよね」。そして言うのです。「ここのお客さんは優しいよね。間違っても誰も怒らないもの。こういうところがあったらずっと働きたいよね。働くのはやっぱりいいよね」
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文=小国士郎

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