創造という秘密の行為[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

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若き日に、ビジネスパーソンとして仕事をしていた時代、上司から注意を受けた。

「競合企業もいる会議の場では、大切なアイデアを話すな。アイデアを盗まれるぞ……」

この上司の忠告は、ビジネスや人生における処世の知恵としては、正しいアドバイスであり、自分のことを思って言ってくれた上司には感謝している。

しかし、一方で、内心、この「盗まれるぞ……」という言葉には抵抗を感じていた。

なぜなら、この言葉と発想には、一つの落とし穴があると思っていたからである。

すなわち、我々が「アイデアを盗まれる」という感覚を持つとき、その心のすぐ奥に、「自分が思いつくアイデアの数には、限りがある。だから、盗まれないようにしなければ」という無意識の自己限定が生じているからだ。そして、我々の潜在意識が、こうした自己限定を抱くとき、恐ろしいほどに、アイデアが出なくなってしまうからだ。

永年、シンクタンクの道を歩み、企画プロフェッショナルの世界を歩んできた一人の人間として、自身の経験に即して言えば、アイデアとは、むしろオープンに語れば語るほど、心の奥深くから湧き上がってくるものである。逆に、「アイデアを盗まれる」という強迫観念を持つと、生まれてくるアイデアにも限界があり、新たなアイデアが次々と湧き上がってくるという状況にはならない。

もし、世の中に「創造性のマネジメント」というものがあるならば、その要諦は、ブレーン・ストーミングやアイデア・フラッシュのやり方といった表層的な技法ではなく、自身の中にある「無意識の自己限定」を、いかに取り払うかという「潜在意識のマネジメント」なのであろう。しかし、残念ながら、世の中で、そのことを深く論じている著書には、あまりお目にかからない。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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