昭和10(1935)年建築の「旧鯖江地方織物検査所」(写真)は、戦前、福井県鯖江市が人絹織物で栄えた歴史を示す文化財だ。階段を軋ませて2階に上がると、壁に場違いなグローバル企業の名が並ぶ。
SAP、intel、Lenovo、NEC。他にも、Yahoo!JAPANや伊藤園など大企業や、眼鏡フレームの生産で有名な町らしく、地元眼鏡店の名前もある。それら企業が、ここ、「Hana道場」を支援する。この道場は、ドイツ、シリコンバレーに次いで、SAPが世界で3番目に開設を支援したイノベーションのためのファブラボ(3Dプリンタなどの工作機械を備えた場所)なのだ。
なぜ人口7万人に満たない鯖江で? 意外に思われるだろうが、道場の運営責任者である竹部美樹自身も、「私なんかがダイレクトに社長さんたちに会えるなんて」と驚く。かつて彼女は地元にある実家の電器店を手伝う女性だった。それが今や、鯖江と企業をつなぐハブの役割を果たす。そのきっかけは、彼女が故郷に足りないものに気づいたことに始まる。
自分が何をしたいかわからなかったころ、竹部は思い切って東京で働いてみようと思った。27歳のときだ。都内のIT企業で働くうちに、彼女は入り込んだ未知の世界に衝撃を受けるようになる。
「IT業界では学生起業が当たり前で、ビジネスプランコンテストが開かれては、熱意ある学生たちが知恵や技術を競い合っていました。学生たちの口からビジネス用語が次々に飛び出すのを聞いて、面白いと思ったのです」
若者たちの熱気に触れるにつれて、彼女は故郷鯖江に思いを馳せるようになった。次第に彼女はこう思った。「私が経験した刺激を、地元の学生たちにも味わわせてあげたい」。
都会にあって地方にないもの。それは経験する機会であり、彼女は真剣にこう考え始めたのだ。「経験の差をなくしてあげたい」。
女子高生発アプリ「つくえなう!」
2008年、鯖江市内のあちこちに見たこともないポスターが貼られた。
市長の後援会が呆れたこのキャッチフレーズは、竹部による「鯖江市地域活性化プランコンテスト」の告知である。彼女は全国の学生にこう呼びかけたのだ。「本気でこれからの日本を背負うリーダーになろうと思うなら、日本が抱える難題、地域活性化にチャレンジしませんか?」。つまり、鯖江を活性化させるアイデアを練ってみよう、というわけだ。
何の縁もない町のために、学生が自腹を切って来るわけがないという声をよそに、全国から続々と優秀な学生たちが名乗りを上げた。竹部たちが書類選考と面接を行い、24人の学生市長を選抜。24人は市内の寺で合宿を行うと、市長の牧野百男や市の職員たちも手伝いに現れて、徹底して活性化の策を練ったのだ。
ショックを受けたのは、地元の学生スタッフたちである。都会の学生が、徹夜で鯖江のために知恵を絞っている。一体、今まで自分たちは何をやっていたんだ。ある学生は、竹部にこう呟いた。「恥ずかしいです」と。
「嬉しかったことは」と、竹部が話す。「参加した学生たちが、全国にコンテストを広げたことです。しかも、コピペではなく、その地域に合わせて、『高校生まちづくりアイデアソン』というオリジナルのコンテストが各地で始まったのです」