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John PhilipKey(ジョン・フィリップ・キー/第38代ニュージーランド首相)

「ロックスター・エコノミー」と呼ばれたニュージーランドの経済成長。その政権を率いた第38代首相ジョン・キーは、投資銀行の為替トレーダーから政治家に転身したユニークな経歴の持ち主。国民からの人気も高い。その高支持率の背景にあるものとは。

春暖の東京都心のホテルの一室で、彼は箱根に向かう準備を整えていた。これから向かう先は「ISPS HANDA・ヤーマン&ストゥービオーナーズカップ」が開催される箱根湖畔ゴルフコース。

「道中の車窓から富士山は見えるだろうか」。笑顔で窓際のソファに腰を下ろし、その男は何度も訪れているという日本の印象を静かに語り始めた。

「東京は清潔ですべてが整然としていて、物事は常に効率的に進められている。文化も人々も、そして食事も素晴らしい」

ニュージーランドと家族と、そしてゴルフを愛する彼の名はジョン・キー。

ニュージーランド首相として、国民と国際社会からの高い支持率を誇る、アジア・太平洋地域の先進民主主義国のリーダーだった名相だ。2016年12月に「政界を去る適切な時期」と、自ら辞任を決断したニュースは、日本でも紹介され、まだ記憶に新しい。

引退理由のひとつとして挙げたのは「家族と一緒に過ごす時間を大切にしたい」だった。政権を率いた8年間、ニュージーランドは世界的な金融恐慌に巻き込まれ、大震災の悲劇にも見舞われたが、困難を乗り越え自国経済は大きな発展を遂げた。大打撃を受けたカンタベリー地震後も、積極的な経済政策が奏功し1.5%の経済成長をキープした。11年6月期、184億NZドルの赤字だった財政収支は、16年6月期までのわずか5年で18億NZドルの黒字に大幅改善させた。

ニュージーランド経済でいったい何が起きていたのか。HSBCのチーフエコノミスト、ポール・ブロクサムは、ニュージーランドの目覚ましい成長を「ロックスター・エコノミー」と評した。人々に希望と豊かさを提供し、高い支持率で国民を率いた「ロックスター」こそ、ジョン・キーだったのである。

活況を見せるニュージーランドの「ロックスター・エコノミー」の立役者

「私が首相に就任した08年は、世界が金融危機によって恐慌に向かう状況下でした。そんななかで、政府は経済基盤の強化に取り組み、成長を望む国民をしっかりと支えることができた。これが私たちの政権が支持された第一の理由です。さらに、二度のカンタベリー地震や鉱山爆発事故では、明快で速やかな政治的意思決定を行い、国民とともに国家的悲劇を乗り越えることができた。こうした政府の強いリーダーシップも、国民から評価されたと自負しています」

笑顔で自身の高支持率の理由を振り返るキー。

「そして三つ目の理由は、私のフレンドリーなキャラクターを愛してくれた方々も多かったからだと思いますよ」

彼の経歴はユニークだ。自国で投資銀行家として研鑽を積み、ヘッドハンティングされた投資銀行メリルリンチで為替トレーダーの責任者を務めた。並行して連邦準備制度理事会外国為替委員会委員を歴任。01年に40歳でニュージーランドに帰国し、政治家に転身すると、4年後には国民党の党首に選ばれ、08年に第38代ニュージーランド首相に就任する。

前述の通り強いリーダーシップと決断力が国民に高く評価され、三度の総選挙を経て8年間政権を守り続けた。ニュージーランド経済は堅調に推移し、そして昨年、55歳で政治家引退を国民に発表する。

リーダーシップとは何か。その質問にキーはこう答える。

「自信をもって速やかに決断する力。その決断で困難な状況を乗り越える力。優れたリーダーは、何を成し遂げるべきかを明快に理解している。考え方と進め方がクリアで、それらが、強いチームによって支えられていることも大切です。国民が優れたリーダーを求めるのは、そのリーダーシップによってより多くの機会が生まれるからです。為替トレーダーの責任者だったころ、多くのスタッフを抱え、プレッシャーの高い環境で、常にクオリティの高い決断が求められました。いま思うと、この経験はいいトレーニングになったと思います。また、私は少年時代から、直感で物事を正しく判断する天賦の能力がありました。こうした直感も、私がリーダーとして大事にしてきた感覚です」

時計とはステートメント。その小宇宙にはその人自身が宿る

「この数年間、政治家として腐心したのは、経済の強化、財政の健全化と教育水準の向上でした。その成果は数字に表れています。例えば、今年、ニュージーランドでは失業率が5%を下回り、4.9%の低水準を記録しました。政府の純債務はGDP比60%が予想されましたが、実際には25%に抑えている。国民の所得も増大し、海外から帰国する若者たちも増えました。私も長年、海外で仕事をしてきましたが、これからは故国のニュージーランドを生活拠点として定め、ビジネスの世界に戻り、同時に社会貢献や若者育成などチャリティ活動にも参画したいと考えています」

キーは、「ヤーマン&ストゥービオーナーズカップ」を主催する国際スポーツ振興協会(ISPS)のアンバサダーでもある。同協会の会長を務める半田晴久との出会いもチャリティだった。スポーツイベントのスポンサードでカンタベリー地震の震災復興に尽力し、ニュージーランド人が愛するゴルフイベントの開催を支えたのが半田氏だった。同時に、氏の真摯な社会貢献の姿勢にも感銘を受けたとキーは言う。

半田氏同様、ゴルフを愛するキーの左腕には、ヤーマン&ストゥービのリストウォッチが時を刻んでいる。

「時計とはステートメント。私がどんな人かを表現する手段のひとつです。ゴルファーのために設計され、ハンドメイドでつくられたこの機械式腕時計には、ゴルフカウンター機構やショックアブソーバーなど、ゴルフを楽しむさまざまな工夫が凝らされ、時計としてのクオリティも高い。週末の自由な自分を表現できる、スポーティな雰囲気も気に入っています」

時計を見ることは、自分自身を見ることであり、いまの自分の時を直感することでもある。時に追われるビジネスの世界を経て、新たな時を司る首相の職を退任し、彼の時の流れはどう変化していくのだろうか。

「私は、ビジネスと政治で実績が認められ、妻とふたりの子どもという家族にも恵まれ、幸運な人生を歩んできたと思う。しかし、時間は予想以上に早く過ぎ去っていった。いまはそれを痛感している。55歳はまだ若いという人もいますが、人生には限りがある。だから私は時間を最大限有効に使いたいのです。希少な時を、これからは自分の好きなことや、大切な人たちに費やしたいと考えています」「ヤーマン&ストゥービオーナーズカップ」を終えると、その翌日、彼はカンボジアへと向かう。「カンボジアでは、半田氏がたくさんの慈善事業に関わり、児童養護施設や病院が建てられている。それを見てみたい」

ビジネスから政治へ、そして次の舞台へ。新たな時を刻み始めた左腕のヤーマン&ストゥービとともに、愛するニュージーランドで次なる使命を模索する前首相ジョン・キー。カンボジアから帰国するころは、故国で紅葉のゴルフコースが彼を迎えてくれる。

JAERMANN&STÜBI(セント アンドリュース リンクスST5)

スコアを表示する「ゴルフカウンター機構」を備えるなど、ゴルファー専用の高級機械式時計を製造し、ゴルファーの証しとも言うべきブランドとしてエグゼクティブたちに愛されるヤーマン&ストゥービ。その中でも特別な1本とされているのが、このゴルフの聖地セント・アンドリュースの名前を公式に冠したモデル。バックケースには「St Andrews Links」の紋章が刻まれている。自動巻き、ステンレススティールケース、アリゲーターストラップベルト、44.0mm径 ¥1,058,400(税込)

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Promoted by ミスズ text by Kazuo Hashiba photograph by Jin Tamura edit by Akio Takashiro

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