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2017.06.02

ノーベル経済学者と語る、トランプ時代の世界経済と日本の行方

(左)伊藤隆敏(中央) ジョセフ・E・スティグリッツ(右)高野真


高野 : 次に金融政策ですが、日本では、出口すら見えない緩和策が続いています。米国では若干の利上げが始まりましたが、各国の金融政策に変更はありうるのでしょうか。

スティグリッツ : 景気回復がもっと力強いものだったら、利上げしやすかった。先ほども言ったが、政策しだいだ。財政政策に訴えていれば、金融政策にさほど頼らずに済む。

伊藤 : 世界は長期停滞に陥っているのでなく、成長率も実質金利も、永久に低いままではない、という主張もある。

スティグリッツ : まだ、(長期停滞論のような)仮説を受け入れる気にはなれない。というのも、たとえば、表向きには緊縮財政を口にしない米国でも、公共セクターの雇用が、08年当時より約50万人減っているのだ。ノーマルな成長がみられていれば、あと250万人多かったはずだ。これは、れっきとした緊縮財政政策である。緊縮財政政策を取っていなければ、経済はもっと力強く、金利も、よりノーマルなレベルだっただろう。
 
また、今後も低成長が続く理由にはいくつかあるが、最も顕著なのが、米国の人口増のペースが緩やかになっていることだ。次に、不動産に多額の投資を行い、資本財への投資を減らしていることも低成長の一因だ。

伊藤 : イノベーションの欠如を指摘する声もある。

スティグリッツ : 3番目の要因が、それだ。金融セクターがうまく機能しておらず、新興企業が資本を調達できないからだ。通常、新規事業の融資元は地銀だが、担保の不動産価格が下がったことで、地銀が貸し渋っている。08〜09年に小銀行が淘汰され、大手銀行の寡占が進み、地銀が弱体化した。金融セクターが本来の使命を果たしていない。

政府債務の「期間構造の変更」

高野 : スティグリッツ教授は最近(3月半ばに)来日され、安倍晋三首相に面会されたそうですね。何を提案されたのですか。

スティグリッツ : 主に第3の矢(成長戦略)についてだ。金融政策が限界に達している、と。マイナス金利を導入した国の中でも、日本の政策は最も思慮深いといえる。

伊藤 : 3階層構造方式の金利適用だ(注 : 基礎残高がプラスの金利、マクロ加算残高がゼロ金利、政策金利残高=日銀当座預金がマイナス金利)。

スティグリッツ : 非常に熟考されたものとはいえ、政策金利に重要な役割をゆだねることには懐疑的だ。米国では5%からゼロ金利に下がったが、投資も増えず、大した効果が出なかった。ゼロからマイナスとなれば、なおさらだ。欧州でも機能するとは思えない。

消費税の値上げは見送るべきだと(首相に)言った。消費税より(化石燃料の排出量に対する)炭素税の導入が必要だ、と。いいことでなく、悪いことに税金を課すのが、歳入を増やすためのベストな方法だ。また、企業や市町村は、(温室効果ガスの排出に高いツケが伴う)炭素税の導入に備えて設備投資を行うだろうから、成長が刺激される。
 
また、政府債務の期間構造も変えるべきだ。永久債の発行で金利上昇時の政府債務リスクが減り、景況感も高まる。また、日本銀行が保有する国債の無効化も提案した。

伊藤 : 無効にすることなどできない。

スティグリッツ : いや、可能だ。できる。
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文=肥田美佐子 写真=OGATA

この記事は 「Forbes JAPAN No.35 2017年6月号(2017/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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