エアビーアンドビー創業者を輩出 「美大のハーバード」の意外な授業

「メタル」の授業を行う部屋で、学部長のチャーリー・キャノンと高瀬文子。高瀬はデザインスタジオ「Observatory」の共同設立者でもあり、インダストリアルデザイナーとして数多くの賞を受賞している。


例えばウッドIIの授業では、「朝食」というテーマだけを与えて、木の作品を自由につくらせる。授業で学んだ機械や技術を応用しながら、熱を加えて曲げたものを削ってみたり、紙などの異素材と組み合わせたり、さまざまな実験をしながら木の予想外の可能性を発見し、それを形にしていく。

素材を目の前にしたときに具体的な問題は何もない。しかしそれを使って何かをつくろうとすると、例えば使用する機材だけでは限界に直面する。それでも工夫と試行錯誤を繰り返しながら素材を理解することで、条件に適した形をより自由につくれるようになる。


「朝食」をテーマにつくられたドーナツ(まだ制作中の未完成品)。2色の木を貼り合わせて旋盤で加工した後、ハンドリューターを使ってカラフルな砂糖のトッピングをつくる。

その過程は自ら問題を探さなければならない現代社会とよく似ている。この経験がマーケティングやマネジメントといったデザイン以外の領域でも、試行錯誤しながら対象を理解し、失敗を恐れずにアウトプットすることのできる人材をつくっているといえるだろう。

また、RISDではデザインやアートの歴史、英語や文芸、哲学や社会学に至るまで、「すべての学期で少なくともひとつは教養科目をとることが必須」とキャノンは言う。昨今ビジネスでリベラルアーツが見直されている風潮に通じるところがある。

3年次になると、基礎を身につけた学生たちは14のスタジオの中から自分の興味がある分野のスタジオを選ぶ。スタジオは「コンテンツ」と「プロセス」に分かれていて、コンテンツでは「ヘルスケア」や「ユーザーインターフェース」などデザインの対象にフォーカスする。プロセスでは「エスノグラフィ」や「フィジカルコンピューティング」などデザインの技法がテーマだ。学生はそれぞれからひとつずつ、合計2つのスタジオを選びデザインに取り組む。

さらに4年になると自分の研究のためにひとつの領域を選び、学びを深め制作にとりかかる。MITのエンジニアや近くにあるブラウン大学と協業してプロダクトを開発したり、NASAやレゴなど企業との共同プロジェクトも展開。そのようなカリキュラムによって育つRISDの学生像をキャノンは、「アスタリスク型人材」だと話す。

アスタリスク型人材とは、より複雑で多様な要素を持ち合わせたRISDの学生たちの特徴を表現した言葉だ。アスタリスクは曖昧で不透明な未来を導く星というニュアンスも含んでいる。

デザインが求められる局面が増え、デザインの対象やデザイナーの役割は曖昧になりかねない。そうならないために、最初の2年間に学んだデザインの基礎がアスタリスクをしっかりと支える縦棒となる。

そのうえで教養科目、専門スタジオでの学びが多様性を形づくる。興味関心に向けて自由にアンテナを伸ばしても倒れることのない芯のある多様性がアスタリスク型人材だと解釈するなら、これからの時代のデザイナー像を表すのにピッタリの言葉だろう。

アスタリスクの卵たちに会ってみた。NASAの「Human Exploration Rover Challenge」に参加している学生グループは、車体のフレームからホイールまで自分たちでデザインしたと話してくれた。メタルの授業で習得した金属加工の技術はもちろん、宇宙探査という茫漠とした目的を達成するための要件を、具体的な乗り物のかたちに落とし込んでいくプロセスは、つくりながら考えるクリティカル・メイキングそのものだ。
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文=鳥巣智行、坂巻匡彦 写真=OGATA

この記事は 「Forbes JAPAN No.36 2017年7月号(2017/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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