人が自然に合わせる、発想転換が生んだ「新しい農業の形」

リコピンの含有量が高い人参「こいくれない」。栽培条件と環境因子の研究とIoTを使った管理によって成分のばらつきを抑えることに成功。

自然をコントロールしようとして見事に失敗。学びがもたらしたのは、テクノロジーで「人が自然に合わせる」という発想の転換だった。


農業に携わり、7年。NKアグリ社長の三原洋一は、いま「テクノロジーで野菜を制御しようとしても自然に負けるだけ」と実感している。
 
NKアグリはテクノロジーを使った農業を行うベンチャーだ。本拠地である和歌山県に土を使わない水耕栽培をする野菜工場を持つ。また、北海道から鹿児島まで7県50戸の農家と連携し、トマトの約2倍のリコピンが含まれるニンジン「こいくれない」などを全国で生産販売する。
 
2009年の創業時、三原を含めた社員7人は技術畑出身で、農業は素人。

「生産設備さえ整えれば、規格がそろった野菜を全国に流通できるはずと考えていた。いわば、農業の工業化です」

もちろんうまくいくわけがなかった。野菜工場でレタスの水耕栽培に挑戦したが、アブラムシが大量発生。さながら「『ナウシカ』に出てくるオームの群れのようだった。自然をコントロールする限界を実感した」と三原は振り返る。


土を使わず、太陽光を利用して行なう「野菜工場」では水耕栽培にちなんでAQUAシリーズと名付けられたレタス、水菜、ほうれん草などの野菜を生産。和歌山にある自社工場と、提携生産者が携わっている。天候に左右されずに栽培することができる。

理想の生産地を割り出し安定共有
 
3年間、IoTセンサーでリアルタイムにあらゆるデータを記録した。温度、日射、肥料の組成……。50グラム以上のレタスは何%か。葉っぱの厚みは……。データを分析していくと環境の変化と野菜の生育との相関関係が見えてきた。

「収穫量や収穫の時期が予想できるようになって思ったんです。データのパズルを組み合わせれば、天候の影響をもろに受ける露地野菜も安定して供給できるのではないか、と」

三原が注目した露地野菜が「こいくれない」だった。形がそろわず、育てにくいが、栄養価の高さが魅力だった。
 
IoTセンサーで得た情報などをもとに栽培方法を研究すると、積算気温が、リコピンの量に影響を与えているのがわかった。
 
ただ旬が短い。1地域での生産なら出荷期間はわずか1カ月。

「ひとつの地域にこだわる必要はない。気候が違っても積算気温がわかれば、栄養を保証した野菜を出荷できるはず」
 
三原は協力してくれる生産者を探して全国に足を運び、気温などのデータを取るためにセンサーを設置した。
 
こうして全国各地に点在する連携農家が生産した「こいくれない」を半年にわたり、出荷できるようになったのだ。

クラウドが全国の生産者、営業をつなぐ
 
積算気温の分析と共有に活用したのが、クラウドサービスだった。サイボウズのビジネスアプリ作成プラットフォームkintone(キントーン)を使って各地の積算気温をリアルタイムでチェックできる仕組みを作り、社員全員で共有した。
 
各地の積算気温から収穫時期や収穫量などを自動的に予測できる。営業担当者収穫予測を得ることで売れ残りがほとんどなくなった。
 
IoTセンサーとクラウドを用いたモニタリングと分析が、旬を予測するという新たな農業を可能にした。それは人間が自然に合わせ、旬の時期に栄養のある野菜を消費者に届けるという原点回帰でありながら新しい農業のあり方だ。

文=山川 撤

この記事は 「Forbes JAPAN No.34 2017年5月号(2017/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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