ビジネス

2017.05.18

オーストラリアが「日本の働き方改革」のモデルになる理由

大手保険会社メディバンクの新本社オフィス。メルボルン内数カ所に点在していたオフィスを集約。ABWの積極的導入と、社員の体験価値向上に取り組む。チームが必要に応じて最適な場を選択できるコラボレーションスペース。


労働人口不足の解決の切り札とは?
 
オーストラリアは金融や観光などの労働集約的なサービス業がGDPの7割を占める産業構造でありながら、日本の20倍の国土に2300万人が散らばり、さらに北米やイギリスといった英語圏からも地理的に離れている。故にリクルーティングやリテンションが深刻な課題となっている。
 
解決の切り札とのひとつとなったのがABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)という働き方だ。時間と場所を規定せずワーカーが自分の意思で選択する働き方で、ワークとライフを統合する重要な施策だ。混同されがちな概念であるフリーアドレスが「オフィス内」を自由に選択できるのに対し、ABWはオフィスすら選択肢のひとつであり、自宅、カフェ、図書館、いかなる場もワーカーが選択できるものだ。
 
元はオランダの保険会社インターポリス(現ラボバンク)でスタートした働き方だったが、2000年ごろにオーストラリアに導入され独自の進化を遂げた。政策的に短時間勤務や在宅勤務など柔軟な働き方が推進された時期とも重なり、現在では大手金融機関はじめ広く導入されている。
 
ABWはワーカーと企業双方にメリットのあるものだ。現代のワーカーは豊かな体験価値を求めて都心での仕事を希望している。また、ワークとライフに垣根を設けない新しい生き方を望む者も多い。かたや企業としては人材獲得のために都心に拠点を置きたいが高騰する賃料も圧縮したい。ABWの登場によって、ワーカーの生き方の選択肢は広がり、企業の都心ハブのコンパクト化が進んだのだ。
 
しかしABWのオフィスは、第三形態の時代のように個の柔軟性のみに視点が置かれたものではない。個よりもチームによるブレイクスルーが求められているからだ。

個人スペースは一層小さくなり、組織を超えたメンバーが短時間でも集まって価値を生みだせるための機能に特化された。ワークショップルーム、コワーキング、カフェ、そして少しでも立ち寄りやすいよう一等地にオフィスを集約し、託児所やコンシェルジュなどのサービス機能も充実させた。ABWに対応した第四形態のオフィスは、単純なコスト削減ではなく、よりソーシャルでコラボレーティブなチームのための場なのだ。
 
もうひとつオーストラリアにおいてワーカーの体験価値が評価される理由に、高いウェルビーイングが挙げられる。ウェルビーイングとは単純な心身の健康に加えて社会的にも満たされた状態を指す。
 
背景として、独自の生態系を保護する活動に取り組んできた点が挙げられる。オフィスの分野では、グリーンリースと呼ばれる環境配慮された賃貸借契約制度やNABERSおよびグリーンスターといった環境性能認証を運用してきた。結果的に、環境技術の導入が進みワーカーにとっても心身ともに負担の少ない、また社会的にも誇らしい場が提供されることにつながった。

また近年、ウェルビーイングな職場環境を判断する国際的な新指標ウェル・ビルディング・スタンダードの取得にも企業が積極的に動いている。
 
このようにオーストラリアでは社会的に不利な状況を、ABWとウェルビーイングを切り札に打開してきた。しかも金融機関のような重厚長大な企業ほどである。翻って政策的にもまた言語の壁からも外国人労働者の積極的受け入れのめどが立たない日本において、深刻な労働人口不足の持続的解消には国内の労働者を掘り起こすしかない。この国から学ぶべきことは少なくないのではないだろうか。


山下正太郎◎コクヨ主幹研究員/WORKSIGHT編集長。コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事し、手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011年にグローバル企業の働き方とオフィス環境をテーマとしたメディア『WORKSIGHT』を創刊、また研究機関「WORKSIGHT LAB.」を立ち上げ、ワークプレイスのあり方を模索。16年よりロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA:英国王立芸術学院) ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任している。

山下正太郎 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.34 2017年5月号(2017/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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