実はアメリカの上場企業の数は1996年の8090社をピークに、2015年には4381社とこの20年間で半減している。買収と経営統合を繰り返すことで企業がますます巨大化し、市場の寡占化が進んだこと。買収された企業の上場が廃止される動きが重なったことなどが原因だ。
企業買収は豊富な資金をバックにしたPE(Private Equity)ファンドが担うケースが多いが、ひとたび買収してしまえば、公開企業であっても上場を廃止し、プライベート企業にしてしまうのが常套手段だ。あとはその企業をどうしようと自由。経営に関する情報開示の義務はない。
アメリカでは企業価値1~2億ドル(110~220億円)の企業の20%以上、5億ドル(550億円)以上の企業の10%以上を、PEファンドが支配しているという。雇用にすれば1000万人以上にもなる。これだけの経済規模を持つ企業の情報が「非公開」。はたしてこれでフェアな市場と言えるだろうか?
こうして手っ取り早く利益を生むために経営陣はますます買収や経営統合に血眼になり、短期的な取引で見せかけの利益を生んでは巨額のボーナスを手にするという循環が生まれる。顧客重視など単なるお題目に過ぎないのが現実だ。
わが国では名経営者としてもてはやされるゼネラル・エレクトリックの元CEO、ジャック・ウェルチ氏や、「投資の神様」として尊敬されるウォーレン・バフェット氏も、小林さんの手にかかれば、企業が独占利潤を得ることを正当化し、賞賛する風潮をつくりあげた張本人、ということになる。そういえば、バフェット氏率いる投資会社バークシャー・ハザウェイは、ユナイテッド航空の親会社の筆頭株主である。
前著から本書までの10年間で変わったことは何か。それは、富がますますごく一握りの人々に集中するようになったことだ。かつてのアメリカでは、まだ5%の金持ちが富の60%を所有する程度だったが、この10年で社会のトップわずか0.1%が下位90%分もの富を独占するようになったという。アメリカは「超・格差社会」から「超一極集中社会」へと変貌を遂げたのだ。
富の一極集中を加速させているのは、不公平な株式金融市場だけではない。技術革命によって産業構造が変わってしまったこともその背景のひとつだ。
本書を読んで意外だったのが、アメリカの製造業の話である。トランプが「雇用を取り戻す」と訴え、ラストベルトと呼ばれる工業地帯の労働者を中心に支持を集めたことはご存知の通り。メキシコに工場をかまえる企業にプレッシャーをかけるトランプを見て、アメリカの製造業は青息吐息であるかのような印象を持った人も多いのではないだろうか。
だが本書によれば、アメリカの製造業はとっくに復活しているという。
その牽引役がシリコンバレーだ。グーグルやアップルのようなシリコンバレー発の新興IT企業が生み出した新たな技術によって、産業構造は劇的に変化した。自動運転や3Dプリンター、AIといった技術革新が次々と新しいビジネスを生み出し、いまやアメリカの製造業の49%を情報関連機器が占めるという。製造業だけではない。IT企業は社会のインフラであるプラットフォームをも支配し、「情報」という公共財が生み出す富を独占している。
こうして2008年の金融危機以降、アメリカの企業収益は大幅に改善し、株価も上昇した。もはや「アメリカひとり勝ち」と言っていい状況だ。ならばトランプを支持したブルーカラーたちもその恩恵に与れたのだろうか? だが小林さんによれば、事はそう単純ではない。
「いまアメリカの失業率は約4.6%という完全雇用に近い数字です。つまり選ばなければ職はある。でもトランプを支持しているような白人のブルーカラーたちはキツイ仕事はやりたがらない。そうした仕事はいまメキシコ人たちがやっています。同じ仕事だと白人は人件費がハネ上がる。たとえば庭の手入れひとつとっても、白人に頼むとメキシコ人の5倍くらいの人件費がかかります」