日本にもやってくる「理不尽な社会」を生き抜くための最強の武器

アメリカは「超・格差社会」から「超一極集中社会」へ。

その日、新潮社本館のロビーは、遅い時間だったこともあって閑散としていた。

1959年竣工の年季が入った建物だ。古いビル特有の低めの天井の下、老舗ホテルのロビーにもありそうなソファーが並んでいる。人がいないと余計に重厚感あふれる建物が意思をもって迫ってくるような気がして、なんだか尻込みしてしまう。いま廊下の向こうからいきなり『華麗なる一族』の登場人物たちが現れたとしても、まったく不思議に思わないだろう。

歴史の重みに気圧されながら、これからお目にかかる人のことを考えていた。

小林由美さん。1975年に東京大学経済学部を卒業後、日本長期信用銀行に女性初のエコノミストとして入行。長銀を退職後はスタンフォード大学でMBAを取得し、82年ウォール街で日本人初の証券アナリストとしてペインウェバー・ミッチェルハッチンスに入社。85年に経営コンサルティング会社JSAに参加した後は、ベンチャーキャピタル投資やM&A、不動産開発などに携わってこられた在米36年におよぶトップアナリストである。

彼女の名前を初めて知ったのは、2006年に刊行された『超格差社会・アメリカの真実』(日経BP)だった。当時、日本社会の階層化を指摘する本が何冊も出て話題になっていたが、いまひとつ分析が大雑把に思えて、腹に落ちる感じがなかった。そんな折に出合ったのが小林さんの本だった。

一読して驚いた。そこでは1980年以降のアメリカで富が集中していく過程が、レーガンからブッシュ・ジュニア政権までを辿りつつ緻密に検証されたかと思えば、さらには階級社会形成のプロセスが、植民地時代まで歴史をさかのぼり、独立戦争で巨万の富を得た「海賊資本家」たちの登場から説き起こされていた。

歴史をみつめるレンズの倍率を自在に操り、問題の本質を構造的に明らかにしていく。もやもやとした視界がクリアに開けるような爽快感があった。彼女の著作との出合いにはそんなインパクトがあったのである。

そんな小林さんがひさしぶりに新著を上梓した。『超一極集中社会アメリカの暴走』(新潮社)がそれだ。

前著から10年。この間のアメリカ社会の変化は彼女の目にどう映っているのだろうか。トランプ大統領の誕生でアメリカへの注目度は高まる一方だ。トップアナリストがいまのアメリカやこれからの日本をどう見ているかをぜひ聞いてみたいと思った。

会議室で向きあった小林さんは、古めかしい部屋の雰囲気にまるでそぐわない、小柄で小麦色に焼けた健康的な肌が印象に残る素敵な女性だった。だが、そのフレンドリーな笑顔とは裏腹に、のっけから小林さんは怒っていた。

インタビューを行ったのは、ちょうどユナイテッド航空の事件が世間を騒がせていたタイミングだった。オーバーブッキングを理由に乗客を強制的に機内から引きずり下ろし、怪我をさせてしまったこの事件は、すでに発生から2週間余がたっていたが、CEO名義で被害に遭った乗客を非難するかのような声明を出すという信じられない対応の拙さもあって、まだ世界中で炎上していた。

「いまのアメリカ企業のトップのレベルはひどいものです」と小林さんは憤る。この事件で株価を5%も落としたユナイテッド航空は、あわてて責任を認め、怪我を負わせた乗客と和解し、新たに10項目に及ぶ顧客重視のポリシーを発表したが、小林さんの怒りは、そうした表面的な対応からはみえないところにあるアメリカ企業の病巣に及ぶ。

「たとえば日本の航空会社だとエコノミークラスにだってテレビがついているでしょう。それに比べれば、アメリカのエアラインの顧客サービスの貧弱さったらないですよ。いまのアメリカの企業はそもそも顧客のほうを向いていない。彼らが重視するのは、なによりもまず自分たち経営陣の利益、そして株主や投資家の利益です」

ユナイテッド航空の世間話から、いきなり本書の核心に触れる話になった。
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文=首藤淳哉

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