「東京の価値を高める」 辻社長が語る森ビルのぶれない志

森ビル、辻 慎吾社長(佐藤裕信=写真)

六本木ヒルズの一室に東京が広がっていた。壮観にして、緻密。目前には羽田空港の滑走路が走り、奥のひときわ高い建物が東京スカイツリーである。首都高も東京駅もある。この1000分の1スケールの都市模型をよく見るとビルの看板や屋上の室外機まで再現されている。

「都市づくりには、全体像を俯瞰する鳥の目と生活者の視点に立つ虫の目が必要なんです。街をくまなく歩き回らなければ、街はつくれない。我々は常に都市のあるべき姿に思いを馳せ、夢や理想……何よりも志をもたなければならない」と森ビルの社長・辻慎吾は言う。

六本木ヒルズは、住居、オフィスビル、商業施設、映画館や美術館などの文化施設からなり、年間4000万人以上が訪れるひとつの“街”だ。

「都市づくりとはつくってからが本当のスタート。住民や関係者、近隣の方々など、みんなと一緒になって都市をつくり、育んでいくべき」と辻は自らが再開発事業とその後の運営に携わった街について語る。

六本木ヒルズ開発エリアは住宅密集地域で、消防車が通れないほど道が狭かった。地権者は約400人。ディベロッパーの間で再開発事業は「小学校1クラス分が限界」と語られていた。つまり40〜50人の同意を得るのも困難だとされていたのだ。

400人それぞれに異なる考え方、事情がある。反対する地権者には、毎日のように担当者が足を運んだ。

いまでこそ、六本木ヒルズに入居した地権者たちは「森ビルは決して裏切らなかった」と口にする。けれど、そこに至るまでは「至難の連続だった」と辻は振り返る。

「反対する人の気持ちや事情を理解したうえで、粘り強く理想や志を語り、担当者を、そして森ビルを信頼してもらうしかなかった」

都市づくりへのこだわりがあらわれている例が、六本木ヒルズの玄関口と呼ばれる「66プラザ」だ。ビジネスマンが行き来しているだけでなく、いつ訪れても草花が植えられたスペースのベンチには談笑する人たちや家族連れがいる。地上2階部分につくられた公園のようなゆったりとした空間である。

辻はテーブルに置いたペンケースとスマートフォンを2本の橋に見立てて「当初『66プラザ』は6メートルほどの橋を2本架けるだけの予定だった」と解説する。

「橋よりも広場のほうが、当然コストがかかるし、行政上の手続きも複雑になる。でも、どうしても街区と街区をつなぎ、人が集う広場をつくりたかった。企業として、利益を上げるという観点だけに立っていては、理想の都市はつくれない」

オープン当日、六本木ヒルズには30万もの人が訪れ、66プラザもたくさんの人でにぎわった。六本木ヒルズを歩き回った辻は、人々の表情を見て、いかに満足して楽しんでいるか実感して安堵したという。
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山川 徹 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.33 2017年4月号(2017/02/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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