日本を代表する建築家 隈研吾と手を携え、カナダと日本で目下複数の建築プロジェクトを動かすのが、ウエストバンク CEOのイアン・ガレスピーだ。「クリーンで美しい街を育成する、アート性に優れた作品を創造する」ことを標榜する、カナダ発の「思想ある」不動産ディベロッパーにフォーカスを当てる。『Building Artistry』とは、ウェストバンク社創立20周年を記念して、2012年に出版された記念本のタイトルである。不動産ディベロッパーの既成概念を覆す「Artistry(芸術性)」の言葉にこそ、彼の類まれなる個性と信念、そして一代で成功を築いた秘密が込められている。
イアン・ガレスピーが地元カナダのバンクーバーにウェストバンク社を設立したのは、1992年のこと。トロント大学でMBAを取得したのち、従兄の経営する大手不動産ディベロッパーに入社したのが、業界に足を踏み入れるきっかけとなった。
「私がまだ中学生のとき、その年上の従兄が遊びに来たんです。彼はすでに不動産業界で働いていて、1972年モデルの真っ赤なジャガーEタイプコンバーチブルに乗ってきました。世の中にこんな美しいものがあるんだ、そして仕事で成功するとこんな美しいものを所有できるんだと、ものすごい衝撃を受けました。無垢な少年の目を見開かせてくれたのが、彼だったのです」
そう笑って話してくれたガレスピー。のちに従兄の会社から独立し起業、独自の路線を確立していく。
「ジャガーは車として優秀なだけでなく、その美しさで人の心を豊かにしました。我々がつくる建築も同様に、機能性に加えて、街を、コミュニティーを、見る者、使う者の心を豊かにするものでなくてはならない。そう心に決めたのです。単にスケールが大きいだけの開発だったら、大手ディベロッパーに任せておけばいい。我々は品質において世界一を目指そう。その開発はコニュニティーをより住みよい場所にするかどうか。信念を貫き、美的観点、社会的観点、環境的観点から世界一の品質を妥協することなく追求し続けてきました」
独自の哲学と美学を追求してウェストバンク社は現在カナダ バンクーバーを拠点に、アメリカ、アジアにもオフィスを構える。カナダ トロント、アメリカ シアトルなどの都市で数多くのプロジェクトを手がけ、今日までに250億ドル以上に相当する開発を実施。北米屈指の世界的不動産ディベロッパーとして知られる存在に。地元バンクーバーでは「クリエイティブエナジー」と呼ばれる独自の地区エネルギー事業を運営し、グリーンかつローコストなエネルギー供給を実現。バイオマスプラントの建造も進んでいるという。地域とのコミュニケーション活性化やコミュニティーづくりにも腐心するなど、独自の哲学と美学をもつ唯一無二のディベロッパーとして、際立った存在感を示している。
またこれまでに、ビン・トム、ジェームズ・チャン、アーサー・エリクソン、ビャルケ・インゲルスといった建築家をアサインし、独自の審美眼にかなう建築の姿を追求する一方で、マーティン・ボイス、ジャン・ホアン、スタン・ダグラスなど数多くのアーティストと手を組んでのパブリックアートの設置にも積極的に取組んでいる。
「我々自身の取り組みを表現する言葉として、City Builderという言葉があります。住みよい街づくりに欠かせない4つの要素、すなわち建築、交通、エネルギー、カルチャーと正面から向き合い、インフラ整備の問題など必要に応じては政府にも働きかけながら、理想の具現化を目指しています。特にパブリックアートに力を入れているのも、そうした理由があってのこと。我々のプロジェクトは、著名アーティストだけでなく地元のアーティストにも活躍できる場を提供すると同時に、芸術を通しての文化貢献、地域貢献にもつながるものとして重要視しているのです。ですから、ただ作品を買って飾るというのでは意味がありません。我々はアーティストたちをプロジェクトの初期段階からチームの一員として迎え、それを設置する建築自体も大きな視野でアートとして考えています。ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで毎夏つくるパビリオンプロジェクトにもスポンサリングしており、建築とアートの融合の可能性を模索しています。そうそう、去年は日本文化を紹介するイベントを開催しました。そう、日本は私にインスピレーションを与えてくれる大切な国なのです」
隈研吾とともに新たな取り組みへ東京や京都を愛し、ヨウジヤマモトを着て、日本人建築家の作品を愛するガレスピーにとって、日本はこれまで自身の美意識を磨くためのインスピレーションの源泉であったという。そんなかれが、ここに来て日本との距離を大幅に縮めた。いや、懐に飛び込んできたと言うべきか。日本を代表する建築家 隈研吾と手を携え、地元バンクーバーとここ東京を舞台に、複数のプロジェクトを進めているのだ。
カナダ バンクーバーに2020年竣工予定となる『Alberni by Kengo Kuma』設計者の隈研吾。
「隈さんとの出会いは、ハワイでのリゾート開発でお声がけをしたことがきっかけでした。ところがたまたまバンクーバーのアルバーニ通りという素晴らしい土地が手に入ることになり、その案件のほうが先に進むことになったのです。それが『Alberni by Kengo kuma』(2020年竣工予定)。隈さんにとって北米初、さらに初の高層建築となるプロジェクトにチャレンジしてみませんか?という私のオファーを、彼は快く受け入れてくれたのです」
有機的かつ彫刻的な造形が目を惹く地上40階建てのタワーは、558平方メートルもの広さを誇るペントハウスを含む188戸の住居に加えて、レストランや各種小売店、日本庭園にインスパイアされたコミュニティガーデンを擁し、「ダウンタウンへのゲートウェイ」になるという。柱をえぐったようなデザインがシルエットにコントラストを生み、アルミのパネルに重ねたようなファサードが、光によって儚げな美しさを描き出す。
Alberni by Kengo Kuma上/『Alberni by Kengo Kuma』の外観イメージ。塊を削り出したような彫刻的な造形が目を惹く。中/『Alberni by Kengo Kuma』のビル基部のイメージ。光と風が通り抜ける緑の広場の様を呈し、人々に憩いを提供する。下/オーシャンビューの客室イメージ。モダンでありながら温かみのある木のインテリアが特徴。「初めてのことばかりで、お互いとにかく密なやり取りと、すり合わせの努力が必要でした。大げさではなく、普段の10倍の苦労がありますね」とガレスピーは笑う。しかしその密なやり取りかた、思いがけない副産物としての幾つもの新規プロジェクトが発生。バンクーバーのウェストバンク本社ビルにはすでに「空中庭園茶室」が誕生したほか、ミュージックシアターなどのプロジェクトも同時進行しているという。さらには、同社にとって初となる日本でのプロジェクトも動いているのだ。
「もともと愛してやまない日本で、プロジェクトを手がけられることになるとは、隈さんとの幸運な出会いなしにはありえない話でした。敷地は東京の北参道。ペントハウスを含み13戸のみという小規模になりますが、そこに実現させる建築のクオリティは、むしろさらに洗練を極めたものとなり、我々にとっても重要なマイルストーンとなるはずです。外観的には静謐な佇まいで、日本らしい美意識と洗練さをまといます。また街の喧騒を感じさせない屋内は、繭に包まれているかのような安心感を与えてくれます。さらに、住人専用に隈さんがインテリアを手がけたエクスクルーシブなロールスロイスを置くというのも目玉と言えるでしょう。東京はすでにこの次のプロジェクトも進んでいます。日本での我々の取り組みに、これからもぜひご注目ください。
The kita上/東京 北参道に2019年竣工予定で開発中の集合住宅プロジェクト。銅製のルーバーのレイヤーさせたようなファサードが、日本らしい繊細な美意識を感じされる。中/有機的なフロアプランが印象的なロビー空間。下/下層階のメゾネットのイメージ。禅を感じさせる洗練の空間に。Ian Gillespie(イアン・ガレスピー)◎ウェストバンク創業者。1961年カナダ生まれ。ブリティッシュコロンビア大学卒業後、トロント大学にてMBA取得。シュレーダー プロパティー社勤務を経て1992年にウェストバンクを設立。
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