60歳でアートに目覚めた現役医師、自宅は美術館顔負けの空間

Dr.N トーマス・シュトルート撮影、ゲルハルト・リヒターのポートレート<Gerhard Richter in the ReinaSofia, Madrid>(1995)の前のN氏。隣の部屋には、リヒターの珠玉の絵画の数々が。


とはいえ、眼科専門医として多忙を極める日々である。年に3回(年末年始・GW・夏休み)の貴重な休みには、欧米の現代美術館やギャラリーを強行軍で巡った。海外で移動する列車の中でも寸暇を惜しんで美術書を読んだ。
 
実は当時、「モネの白内障」「ゴッホの病気」などの医師ならではの切り口で、医師向け雑誌のアートに関するコラムを、10年にわたり執筆もしていた。そう、凝り始めると何事においても突き詰めずにはいられないタイプなのだ。
 
ドローイングや版画のコレクションも充実している。サイ・トゥンブリー、河原温、リュック・タイマンス、ジグマー・ポルケ。現代美術の巨匠たちによるクオリティの高い作品がキラ星の如く並ぶ。
 
リキテンシュタインの版画「金魚鉢」もその一つ。毎朝目を覚まし、ベッドルームの壁に掛かったこの作品を眺めるのが楽しみだという。

アートへの情熱が高まっていたときに出会ったのが現存する最大の巨匠・リヒターの作品だった。当時は安価で入手していたのに、今では億単位の高額評価に驚いている。
 
感心するのはN氏の思い切りの良さだ。良いと思った作品は、時には売却を躊躇する画廊を口説いてまで手に入れた。あれこれ理由をつけてチャンスを逃す「タラレバ・コレクター」とは対極の決断力だ。

自宅を建て替え、こだわりの空間に

コレクションが充実するにつれて、N氏はその価値に見合った空間で鑑賞したいという夢を持つようになったという。
 
そこで、自宅を建て替えた。2003年、70歳の時だ。アメリカの有名美術館建築にも携わった某建築家に、現代美術と建築の相乗効果が生きるこだわりの空間の設計を依頼した。
 
現在も医師として多忙を極めるN氏にとって、このギャラリーでジャズ音楽を聴きながら絵を眺めるのが憩いのひとときだ。自然光によって変化する作品の表情。朝方見えなかった作品の色が、午後の光で見えてきたりする。一瞬たりとて同じ表情はない。一筋縄ではいかない作品たちを眺めながら、N氏はさらなる百年先に思いを馳せる。


ゲルハルト・リヒターのペインティングを前に。複雑なレイヤーを見せるその作品は、天井から自然光を採り入れた空間で、刻々と表情を変える。

Photograph by Martin Holtkamp

この記事は 「Forbes JAPAN No.34 2017年5月号(2017/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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