ビジネス

2017.05.24

天性の経営者、セールスフォース創業者の「マルチタスク力」

セールスフォース創業者、マーク・ベニオフ(Photo by Steve Jennings/Getty Images for TechCrunch)


創業者兼CEOの利点であり問題点は、「全社を賭けた博打を打つ自由」があることだ。この「自由」に、一秒たりともじっとしていられない性癖、そして、公共心に厚いリベラル派の信条が加わり、この1年、ベニオフは前例のない試みを行ってきた。セールスフォースという上場企業を盾に、自社にも業界にも直接関係のない政治政策に踏み込んだのである。

たとえば昨年、彼はインディアナ州知事のマイク・ペンス(いまやドナルド・トランプ政権の副大統領)に噛みついた。LGBTへの差別を是認しかねない「信教の自由法」を取り下げなければ、セールスフォースの同州での事業を縮小すると脅したのだ。相手は大筋で降伏した。ベニオフは経営者を結集し、ジョージア州とノースカロライナ州でも同じ行動に出た。

大統領選挙ではクリントンを支持し、トランプへの攻撃をリツイートした。また「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」を支持するツイートで反発にさらされ、表だって発言するのは控えると語った。だが舞台裏では即座に、セールスフォース初の多様性担当を任命した。

慈善活動にもかなり積極的だ。自らの拠出だけでなく、「僕たちはハイテク系の物乞いさ」と嘯(うそぶ)きながら、経営者たちによる統合的な慈善プラットフォームを構築しようとしている。

たとえば「1-1-1モデル」。従業員の就業時間、利益、株式の各1%を非営利団体や慈善団体に寄付するという活動だ。イェルプ、ツイリオといった自らの投資先を足がかりに、「ユニコーン企業に1社ずつ、これを広めていく予定です」と、セールスフォースのCPO(最高社会貢献事業責任者)は語る。
 
ベニオフは言う。「企業は、世界をより善くするためにある、そう信じています」。

CRMの覇者が拓く新世界
 
セールスフォースは「サービスとしてのソフトウェア」の道を拓き、ダウンロードとCD-ROMの時代を終わらせた。フォーブスは2011年以来、「最も革新的な企業」ランキングを発表しているが、同社が3位以下に甘んじたことはない。
 
同社のプロダクトはいまや世界中の何百万人というビジネスユーザーに使われ、年間66億ドルを売り上げる。ベニオフのあふれるセールスマンシップと相まって、同社は長らくウォール街の寵愛を受けてきた。粗利の伸びは0〜2%にとどまるが、時価総額(560億ドル)はそれを上回る割合で急伸した。
 
ベニオフは自社の業績を主張することをはばからない。一方で、ソフトウェア業界においてセールスフォースが依然、中途半端な規模であることも認めている。企業規模はIBMやオラクルの3分の1。マイクロソフトやグーグルの足元にも及ばない。過去5年で売上は4倍になったが、次の5年で同じ数字を叩き出せるかは未知数だ。さらに今後、リンクトインの膨大なデータを得たマイクロソフトが攻勢をしかけてくるのは間違いない。
 
だが、昨年リリースした総合AI(人工知能)「アインシュタイン」で迎え撃つベニオフに焦りはない。
 
なぜ2年前に約4億ドルを注ぎ込んでスティーブ・ラフリンと彼のプロダクトを手に入れたのか。なぜ続いて少なくとも6社のAI系スタートアップを買収したのか。そのうちの1社「メタマインド」のCEOで、スタンフォード大学のAI研究者だったリチャード・ソーシャーが、セールスフォース初の社内AIラボで何をしているのか。
 
ーひとつの答えが「アインシュタイン」だ。これは、ほぼすべての自社プロダクトにAIを組み込むためのもの。ベニオフ曰く、「セールスフォースのビジネス全体を貫く“新たな神経系”。アインシュタインが、セールスフォースを新たな成長の10年間に導く」。
 
16年夏、サンフランシスコで行われた新サービスのお披露目イベントにて、顧客から多くの賛辞を浴びながらも彼は言った。「もっと多くの人を呼び、注目を集めるべきだ」。
 
ベニオフの「ハイパーアクティブ」にリミットはない。


マーク・ベニオフ◎1964年生まれ。10代半ばでゲーム会社を創業し売却。南カリフォルニア大学在学中、アップルにてアセンブリ言語のプログラマとしてインターン。卒業後はオラクルで13年間セールス、マーケティングなどに従事。99年に「ソフトウェアの終焉(The End ofSoftware)」を提唱し、セールスフォース・ドットコムを創業。「1%の利益、1%の株式、1%の時間を地域社会に」をモットーに、積極的な社会貢献を推奨する。

文=アレックス・コンラッド 翻訳=町田敦夫 編集=杉岡 藍 写真=ロバート・ギャラガー

この記事は 「Forbes JAPAN No.33 2017年4月号(2017/02/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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