─片づけるべき用事の3つの側面について、教授は新著で、社会的・情緒的側面は機能的側面よりパワフルだと書かれています。
そうだ。言うまでもなく、衣類などの消費者ブランドでは、社会的・情緒的側面が重要なのは明らかだ。一方、意外かもしれないが、自動車のような製品でも同じことが言える。
車を運転するとき、人は安心感を求める。これは機能的側面ではなく、自動車メーカーが消費者に提供しなければならない社会的・情緒的感覚だ。
この(運転という)用事において、安全だと感じることが重要な情緒的側面であることを理解し、他社との差異化に成功したのが、ゼネラルモーターズ(GM)の車載通信システム「オンスター」だ。
同社はもはや健全な企業とは言えず、いろいろな面で日系自動車メーカーに「破壊」されてきた。だが、オンスターはGM車にしか搭載されておらず、大きな成功を収めた。交通事故に遭うとシステムが即座に警察に通報し、(GPSで)位置や道順、けが人の可能性などを知らせる。盗難の際には、システムが窃盗犯にこう話しかける。「身元は割れている。5秒以内に停車しないと、エンジンが止まるぞ。警察も15秒で駆けつける」と。
これは、安全性という、顧客が片づけるべき用事の情緒的側面を理解したことで大きな成功を収めた例としてとらえることができる。
─片づけるべき用事に着目し、成功した例はほかにありますか。
子供に野菜を食べさせるという母親の片づけるべき用事に着目し、成功した製品が、米食品大手キャンベルスープカンパニーのV8野菜ジュースだ。
子供は、大学進学で親元を離れると、母親との約束を破り、野菜を食べなくなりがちだが、V8を飲めば、8種類の野菜を5秒で摂取できる。味はともかくとして、栄養価もあり、母親も喜ぶ。同社はそこに目をつけ、「これを飲めば、お母さんが喜びますよ」と広告でうたったところ、約3カ月で、売り上げが4倍増を記録した。V8は、顧客が栄養を摂るという用事にとどまらず、子供に野菜を摂取させるという母親の片づけるべき用事に注目し、母親を満足させることで成功した。
─教授が、今後、誕生してほしいと期待するイノベーター、イノベーションとは、どのような企業・製品でしょうか。
トヨタ自動車を例に取ろう。同社が日本で最初に発売した車は、エンジンを積んだ箱程度のものだった。当時は、日本の主要都市の混雑する道路を行き来し、店に商品を運ぶことが、人々が車を使って片づけるべき用事だったのだ。
そして、あれから半世紀をゆうに越える歳月が流れ、今や電気自動車が走る時代だ。しかし、大半の自動車メーカーは、電気自動車をガソリン車と同じアプローチ法で製造している。必要なのは、市場の底辺に合わせた(ローエンド型イノベーションの)アプローチだ。
そこで、トヨタのカーデザイナーや幹部らに、北京に行って、通りを走る車を眺めるようお勧めしたい。15台に1台は電気自動車が走っているからだ。ガソリン車ほど質が良くなく、「ベター・ザン・ナッシング(何もないよりまし)」という程度に設計された車だ。三輪の小型車で、一人乗り用だ。電気自動車市場が成長する可能性を秘めているのは、まさにここである。従来、車を使わなかった人たちが、非常に手ごろな価格で電気自動車を手にしている。