プロジェクトを追いながら、その先に広がる宇宙ビジネスの可能性を探る。


吉田教授が参戦を決意した背景には、もうひとつ大きな理由があった。それはアンドリュー・バートンとの接点ともなった国際宇宙大学、そしてGoogle Lunar XPRIZEの発起人ピーター・ディアマンディスの存在だ。

国際宇宙大学は1987年に、当時、マサチューセッツ工科大学の学生だったピーター・ディアマンディスたちが創設した宇宙関連の教育団体だ。現在は、フランスのストラスブールにキャンパスを構えているが、設立から数年間は定まったキャンパスがなく、毎年、世界各地の大学を転々としながらサマースクールの形態でカリキュラムを組む、NPO的な存在だった。

吉田教授は、1998年にアメリカのクリーブランドで行われたサマースクールから、その国際宇宙大学に講師として参加している。そこでは、惑星学や宇宙工学はもちろん、「宇宙医療」や、「宇宙建築・建設」、そして「スペースアート」のような、宇宙と関連したありとあらゆる先端的なイシューが議論され続けており、宇宙を志す世界各国の学生たちの学習と交流の場にもなっているという。

「国際宇宙大学では、ピーター・ディアマンディス自身が、アントレプレナーシップについて学生たちに講義していた。まだ民間では難しいと思われていた宇宙ビジネスを、どのように形にしていくべきか。それを熱く学生に説く姿を見て、わたし自身も大きな感銘を受けました。何回か国際宇宙大学に参加しているうちに、ディアマンディスと直接会話する機会にも恵まれましたし、大学の学生だったアンドリュー・バートンも、わたしが国際宇宙大学でロボット工学を教えていたという繋がりから、コンタクトがありました。いま考えれば、わたしのGoogle Lunar XPRIZEへの参加は、この国際宇宙大学からすべてが始まったともいえます」

吉田教授への協力要請からしばらくして、2010年にアンドリュー・バートンが東京大学の本郷キャンパスで講演会を開催した。講演会にはHAKUTOの主要メンバーである袴田武史代表が参加していた。彼らは同年にホワイト・レーベル・スペースの日本支部として「ホワイト・レーベル・スペース・ジャパン」を設立。2013年に、ヨーロッパの本体チームが戦線を離脱すると、彼らに代わり、HAKUTOとしてGoogle Lunar XPRIZEに参加することを正式に表明した。

「ホワイト・レーベル・スペースは、資金と技術の両方で問題がありレースを断念しました。あるタイミングから、ランダー開発の進捗が思わしくないと感じるようになっていたのですが、しばらくして『撤退する』と。私自身はなんとなく予見はしていたので、リタイアについては驚きませんでした。また日本チームだけでもやり抜くという、メンバー内の決意も揺るぎませんでした」

さて、そのGoogle Lunar XPRIZE、ローバーを開発する技術者の視点で見たとき、HAKUTOがこのレースに勝つ見込みはどれくらいあるのか、吉田教授にストレートに訊いてみた。教授は「ランダーが月に無事に着陸するのが前提条件」と前置きしながらも、「優勝できる可能性は非常に高い」と言い切る。

「技術者としては、長年開発に携わってきたローバーには自信を持っています。特に試行錯誤を繰り返してきたホイール部分での優位性はゆるぎないものがあり、ダントツで日本チームが有利でしょう。他のチームの開発状況の詳細まではわかりませんが、公開されているローバーのデザインやホイールの形状を見れば、おおよその結果が予想できます」



そう語りながら、吉田教授は研究室に置かれてあったローバーの試作機を手繰り寄せた。そのホイール部分に手を伸ばし、こう続けた。

「車輪の直径とクラウザー(車輪につける羽根)のサイズ。このふたつがレースの結果を分ける鍵になるでしょう」[後編に続く]

*Forbes JAPANは、月面探査用ロボットの打ち上げまで、HAKUTOプロジェクトの動きを追いかけていく。
au HAKUTO MOON CHALLENGE 公式サイト>>

文=河鐘基、編集=稲垣伸寿

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