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2017.03.31

トランプ政権が不安視する「FBIの盗聴」

首都ワシントンにあるFBI本部


ワシントンの街はヨーロッパ的なお洒落な意匠を施した建物が多い。特に、FBI本部の周辺はリンカーン大統領が暗殺された場所としても知られるフォード劇場(写真下)が残されて古き良き時代のアメリカ的なたたずまいを残している。

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ところが、1975年から使われているFBIの建物だけは別世界だ。大きさといい、その厳めしさといい、くすんだ黄土色の建物が周囲と馴染むのを拒んでいる。

その壁には薄く書かれた「FBI TOUR」という文字が目に入る。かつてFBIは、観光客のためにツアーを行っていたという。しかし、地元ワシントンポスト紙の記者の話では、9.11のテロで中止になり、今後復活することはないとのことだった。

FBIは9.11で大きくその役割が変わったと言われる。もともと捜査機関でありながら情報機関としての側面も持っていたFBIだが、情報機関としての役割が強化されたからだ。テロ対策だ。これまで「CIAは諜報、FBIは防諜」と言われてきたFBIは、現在、国内はもちろん、他国で起きたテロの捜査にも関与する。各国の米大使館に赴任し、その国の治安機関との間で情報交換、連絡役を担う。



日本の警察も在外公館にセキュリティ担当領事や警備対策官として、近年、赴任するようになったが、大きく異なるのは、FBIの場合は捜査権限が国境を越えることがあるということだ。特に米国の影響力の強い国で米国人が犯罪に巻き込まれた際には、FBIが直接捜査を行うこともある。

国の内外で強大な捜査権限を駆使するようになっているFBI。今回の本部移転も、役割が大きくなったFBIを象徴する出来事だと言えるだろう。

盗聴とFBI

FBI本部をぐるりと歩いてみると、建物の正面には、「エドガー・フーバー・ビルディング」と書かれている。

フーバーとは言わずとしれたFBI長官だ。映画『J・エドガー』でレオナルド・ディカプリオが熱演したこの人物は、大統領が最も恐れた人物と言われた。29歳でFBI長官に就任し、亡くなるまでの48年間にもわたって長官の椅子に座り続けた。その間、大統領は8人交代し、歴代大統領は彼を恐れて後任を指名できなかった。

フーバーが使った脅しの手段が盗聴である。夫婦間の不和や浮気、金銭関係、生活の乱れを盗聴により把握。人種差別主義者であったフーバーはキング牧師を目の敵にして、キング牧師をも盗聴し、脅迫したことでも知られる。つまり、盗聴によって、アメリカを裏から動かそうとしたとも言えるだろう。

そうした問題も多々指摘されたが、FBIを全米最強の捜査機関に育て上げた事実は否定しようがなく、FBI本部にその名前がついたのである。興味深いのは、今もFBIにとって盗聴がその大きな武器であることだ。フリン国家安全保障担当補佐官の辞任のきっかけは、FBIによる盗聴だったとされている。

FBIとトランプ大統領

トランプ大統領は就任後、オバマ政権時代の連邦政府幹部をことごとく替えた。情報機関でいえば、国家情報局長官とCIA長官を替えた。ところが、FBIのコミー長官は残留させている。

FBI長官は任期10年で、コミー長官が任期半ばだからというのが説明だ。しかし、コミー長官は選挙戦で、ヒラリー・クリントン候補のメール事件について投票日の直前になって捜査の開始を明らかにするなどして司法省が調査に乗り出すという異例の事態を招いた。野党民主党からは更迭を求める声も出ていた。オバマ政権時の人事は全て替えると言っていたのだから、交代させるという判断もあったはずだ。実際、世界各国の大使は全て辞表を出させている。しかし、トランプ大統領はコミー長官を残留させた。

当然、そこにトランプ大統領の長官残留の意図を詮索する声は出ていた。それは長官を交代させたCIAと対比させるとよくわかると言う。

「いまや大統領はCIA批判に注力していて、CIAは自分たちだけが目の敵にされていると憤懣やるかたないそうです」(日本の警察関係者)

なぜか? CIAは捜査機関ではないからだ。CIAは最強の情報機関だが、捜査をするわけではない。所詮は大統領の駒でしかない。しかし、FBIは違う。一歩間違えれば法の名に置いて自らに跳ね返ってくる怖さをもっている。フーバーの君臨を可能にした仕組みは実は今も生きているということだ。

そして、今、そのFBI長官が、大統領周辺への捜査を明言した。トランプ大統領にとっては悪夢が現実になったといって良い。

FBI本部の移転候補地選びはここに来て、急ピッチで進んでいる。候補地は首都に接するメリーランド州の2か所とバージニア州の1か所に絞られる。

大統領にとっては目の前から消えてもらいたいところだが、それはそれで目の届かないところで何をされるのか気が気じゃない。そういう心境なのかもしれない。

文=立岩陽一朗

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