独ソフトウェア大手SAPも変革の手段としてデザイン思考を活用したグローバル企業です。直近5年で全世界の売り上げを1.4兆円から2.7兆円まで2倍近く伸ばした背景に、デザイン思考がありました。同社のデザイン思考への取り組みは04年からと早いのが特徴です(デザイン思考で知られるスタンフォード大学d.schoolは、同社創業者のハッソ・プラットナーの個人資産の寄付により設立された)。
「ハッソ・プラットナーは創業時、顧客の経理部に赴き、隣に机を借りて、顧客から『どういう機能が必要か』を聞きながら、ソフトウェアを実装していった。そんな創業時の精神を取り戻すんだ、と力を入れたことがきっかけです」(SAPグローバルイノベーションオフィス・小松原威)
主力の統合基幹業務システム(ERP)が顧客との距離が生んでいることへの危機感を持っていたプラットナーは自ら、まず“隗より始めよ”とコーポレート戦略部門に数十人のデザイナーを入れ「自社の未来を創造すること」から始めた。続いて、R&D部門の取り組みを経て、グローバルの営業部門による顧客へのデザイン思考のアプローチへとスタイルを変えていきました。
十数年かけて組織変革を進めてきたことで、今では全社員がデザイン思考のトレーニングを受け、非デザイナーである営業チームもデザインプロセスを活用したソリューション型営業により、営業期間の短縮とプロトタイプの納品で大きな案件も取得できるようになってきました。
また、売り上げ増の理由に、新型データベース「HANA(ハナ)」を中核とした新ビジネスの急伸があります。その業績の伸びを支えた新規事業を生んだのも、デザイン思考型組織(イノベーションセンター)の設立にあります。
大規模な変革が難しかったドイツ本社ではなく、シリコンバレーの地でイノベーションセンターを設立し、プラットナーの直下で自由に新製品開発をさせました。売り上げの1割以下だったERP以外の製品がいまや6割近くとなっています。
さらに、そこで生まれた新しい文化を本社にフィードバックしていくやり方は日本企業が学ぶべき点だと思います。
「イノベーションは辺境からしか生まれませんから。ただ大企業であれば、本丸を変えなければいけない。現在、シリコンバレーとドイツという境目もなくなりつつある。シリコンバレーで育った30代がいいポジションで本社に行くことや、ドイツで採用した人をシリコンバレーで働かせ、その後ドイツに戻すというキャリアパスもある」(小松原)
「我々は世界中の顧客のビジョン作りをファシリテートし支える、顧客向けイノベーションチームです」
そう話すのはセールスフォース・ドットコムのマリオ・ルイーズ。14年2月に世界で開始した「Ignite」という顧客向けのイノベーション支援プログラムのグローバルトレーナーです。このプログラムは、顧客とともに3カ月間、ソリューションデザインチームが「デジタル・トランスフォーメーション(事業の構造的変革)」という顧客の経営課題に対し、課題の可視化、解決策のプロトタイプ化を行う取り組みです。「顧客と共創し、その先の顧客・従業員視点であるべき姿へと変革していくために、プロトタイピング化を行い、具現化するための取り組みだと言えます」
顧客の経営課題に一緒に取り組むことで変革を生み出していく中で、デザイン思考はイノベーションを立案する手段となっています。
ルイーズはこうした取り組みを通じ、新しいスタイルのデザイナー像を提唱しています。
「デザイナーは経営課題という複雑なテーマを共創というスタイルで課題を可視化しながら、手を動かしカタチにしていくという文化を提供し、変革の支援をする人ですね」
これら3社のケースに共通することは、デザイナーという職種を越え「広義のデザイン」を戦略的に活用するという経営戦略です。変化し続ける環境への組織の適応力を上げるために文化を変え、自社の強みである「プラットフォーム」の価値を高めて、顧客に変革のソリューションを提供しているという点です。