「起業立国」を目指す北欧の小国、フィンランドの素顔

スラッシュ Slush/毎年初冬にヘルシンキで開催される北欧最大のテクノロジーカンファレンス。2016年は120カ国以上から約1万7500人の起業家、投資家、報道関係者が参加。今年3月29〜30日に東京ビッグサイトで第3回「Slush Tokyo」も開催予定。


スラッシュが閉幕した翌日、市内にあるフィンプロ(大使館商務部)のガラス張りのオフィスでは「チーム・フィンランド」による「米市場進出セミナー」が開催されていた。

チーム・フィンランドとは、同国の経済雇用省や外務省、教育文化省、および関連機関などからなる特別編成チーム。企業の国外進出を支援したり、国内へ投資を呼び込む活動を行っている。

この日、7時間にのぼるセミナーではアメリカから専門家を招いて、シリコンバレー進出を狙うスタートアップが知っておくべき法律問題や文化摩擦、資金集めの方法などについて、実践的な講義が行われていた。誰でも参加でき、料金は軽食込みですべて無料。最後にはカクテル付きのネットワーキング(交流会)まで行われた。こうしたセミナーは頻繁に開かれているといい、政府によるスタートアップ支援の手厚さを感じさせる。

政府と民間の協業は北欧社会らしい特徴ともいえる。いったい政府はスタートアップの育成にどこまで本気なのか。フィンランド技術庁(Tekes)のスタートアップ本部長、ユカ・ハウルネン(61)はこう答える。

「(政府の間でも)スタートアップと一緒に経済を変えようという前向きな態度が生まれています。フィンランドの現首相(ユハ・シピラ)だって、元起業家ですからね」

フィンランドでは、Tekes、国立研究開発基金(Sitra)、フィンランド輸出信用会社(Finnvera)など、起業家向けの公的ファンドが多く存在する。フィンランド産業投資(FII)によると、08年の経済危機のあとには、同国のベンチャーキャピタル・マネーの半分近くが公的ファンドによって支えられたという(現在は20%程度まで低下)。

とりわけ創業初期のスタートアップにとって心強い味方がTekesだ。企業の研究開発・イノベーションに特化した政府系ファンドで、15年に国内のスタートアップ700社に融資や助成金の形で総額1億4,000万ユーロを拠出した(10年前と比べると3倍以上の額だ)。

一般のベンチャーキャピタルとの違いは、Tekesは株主にはならないということ。出資ではなく、あくまで銀行のように資金を貸し出したりするだけだTekesからの融資を含め、昨年80万ユーロの資金を集めた前出のスタートアップ経営者、サクは語る。

「スタートアップにありがちなミスは、会社の大部分を早い段階で手放してしまうこと。そしてあるとき、自分たちが会社のオーナーでないことに気づく。私たちは今でも株式の80%を保有しています。ほかのスタートアップが80万ユーロの資金を集めたなら、おそらく保有株式の割合は50〜60%くらいまで下がっているでしょう。だからこの(政府支援の)モデルはとても素晴らしいと思います」

だが政府の存在はスタートアップ間の公正な競争をゆがめることにはつながらないのか。スタートアップ・サウナの代表、パヌ(前出)に疑問をぶつけた。

「もちろん、Tekesから支援を受けたスタートアップが結果的に失敗することもあります。でもネガティブな面より、ポジティブな面の方が大きいと思う。実際、Supercell (ゲームアプリ)などフィンランドで成功したスタートアップの多くは、『政府の支援がなかったらつぶれていた』と認めていますしね」

北欧社会ならではの“強み”

Tekesの融資には一つ大きな特徴がある。それは単独で融資を実行することはなく、必ず民間ベンチャーキャピタルからの出資獲得を前提条件とすることだ。Tekesの幹部、ユカ(前出)は話す。

「我々はスタートアップの成長を加速するために、民間投資をレバレッジしているのです」

政府ファンドの存在は本当に必要なのか、とあえて聞いてみた。

「この数年でフィンランドにもようやくエコシステムができてきた。だから国外のベンチャーキャピタルもやってくるようになりました。ただ、今でもこの国には民間のベンチャーキャピタル・ファンドは十分にない。正直なところ、我々は自分たちの役割を終えて必要なくなればいいと思っています。でもまだその段階にはありません」

中小企業向けの融資を行うFinnveraの上級顧問、マルク・オーリ(56)は、社会のあり方そのものもフィンランド企業の強みになっていると指摘する。

「フィンランドはイギリスなどと違って、民主的で平等な社会。所得の異なる人同士が同じ地区に住んでいます。会社の中でも階層の壁が低いんです」

同僚の金融マネジャー、ハリ・イハマキ(39)も「スタートアップの起業家でも大企業のCEOに電話すれば、相談に乗ってくれたりする。アイデアをぶつけて議論できる相手が必ずいるんです」と同意する。

こうした話を聞いていると、フィンランドという国家自体がまるでスタートアップのように迅速に意思決定し、ときにピボット(方向転換)しつつ、機動的に動いているのではないかと思えてくる。

新たな産業を創出するというのはむろん、簡単ではない。だがフィンランド人なら乗り切れるかもしれない。彼らにはそう、“sisu”があるからー。

文=増谷 康

この記事は 「Forbes JAPAN No.32 2017年3月号(2017/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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