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2017.03.19 18:00

相対性理論も移動都市も! 「ありえない仮説」がイノベーションを生む


「いや、そんな悪魔いないだろ」と誰もが思う。しかし科学者たちは思考停止せずに“もしもいたら”と仮定して、それこそ1世紀以上も悩み抜いた。研究が進められ、悪魔の働きをつぶさに調べていくうちに、悪魔が“分子の速度という情報”をやりとりする際のエネルギー増減を勘定に入れれば、熱力学第二法則が破れないことがわかった。つまり、なんと、情報はエネルギーに変換できるということだ! 

こうして情報を物理的に扱う情報熱力学という新たな学問分野が確立された。2010年には中央大と東大のチームがマクスウェルの悪魔の実験に成功。情報を媒介して駆動する極小なデバイスの実現も夢ではない。

その他にも荒唐無稽な仮説はいくらでもある。万物が火、風、水、土の四元素からできているとする“四性質説”。真空が負のエネルギー電子で埋め尽くされているとする“ディラックの海”。万物が1次元のひもからできているとする“超ひも理論”。これらは多様な議論を生み、結果として科学を大きく前進させてきた。

世紀の大発見となるとなかなかに難しい。しかしパラダイムをぶっ壊すためのとっかかりとして、無理やり異常な仮説を立ててみるのは稀代の天才でなくても真似ができる。仮説は笑われるほど荒唐無稽でいい。

ボルボ社が立てた仮説は良い例だ。2020年までに、新しいボルボ車での交通事故による死亡者・重傷者をゼロにするという。世界で年間120万人以上が事故死していることを考えると、ゼロは途方もないゴールだ。製造する車の安全性能を高めるだけでは足りないと判断したボルボは、LifePaintという車のライトにだけ反応する蛍光塗料スプレーを発明してしまった。歩行者の服や自転車に塗ってもらえれば、夜間の交通事故を減らせるというわけ。素晴らしい発想のジャンプである。

もちろん、あまりにも無意味な仮説を立てても仕方ないが、つまらない仮説を立ててもありきたりな発想しか出てこない。巷にはいわゆる未来予測があふれている。皆が同じ方向を向いて対策を立てても似たり寄ったり。売り上げを伸ばしたいのではなく、本気でイノベーションを起こすつもりならば、とんでもないところから始めた方が早い。

最後にいくつか仮説を。先日アルバート・アインシュタイン医科大学の研究で人類の寿命の限界が115歳だとわかった。むしろ平均寿命が200歳だとしたらどのような商品やサービスが必要だろうか? かつて地球には大陸が一つしかなかった。いま、すべての大陸が地続きになったら? 量子コンピュータが完成すると暗号通信ができなくなる。世界を平和にするために何をするか? 脳に汗をかかせていると、パッとひらめくかもしれない。

福岡郷介◎電通総研Bチーム「サイエンス」担当。理学修士。電通2CRP局所属コピーライター/CMプランナー。量子テレポーテーションの研究でPhysical Review Lettersに論文を掲載。arXiv漁りが趣味。

文=福岡郷介

この記事は 「Forbes JAPAN No.32 2017年3月号(2017/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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