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2017.03.19

相対性理論も移動都市も! 「ありえない仮説」がイノベーションを生む

イラストレーション=尾黒ケンジ

日本でも有名になった建築家の故ザハ・ハディド。彼女がなぜ世界的な建築家になったのか? 彼女の発想を辿っていくと、実は物理学にも共通することがわかる。ありえない仮説を立てることで、思考停止を打ち破る。イノベーションも同じだ。ビッグアイデアは荒唐無稽な仮説から生まれるのだ。



2013年に国立競技場の建て替え関連ニュースが話題になっていた頃、アンビルトという言葉をよく耳にした。コンペ勝者の建築家ザハ・ハディドが“アンビルトの女王”と呼ばれていたからだ。

私は、アンビルトとは予算や技術の問題、あるいはコンペで敗退したなど何らかの後ろ向きな理由によって実現しなかった、残念な結果としての建築のことだと思っていた。しかし実はもっと深い意味があると知人に聞き、ガーンと来てしてまった。アンビルトには“実際に建つことを想定していない建築”も含まれるそうだ。“建てられなかった”のではなく、“建てなくてもよい”とする概念。アンビルトで生み出された建築ドローイングや模型は、果たして自由な発想にあふれている。

たとえばイギリスの建築家集団アーキグラムは、1964年に“ウォーキング・シティ”という、足の付いた巨大な移動都市のドローイングを発表した。都市がまるごと移動するのである。異常だ。彼らは保守的だったイギリス建築に風穴を開けるアンビルトを次々と発表していった。物質としての建築ではなく、概念や思想を拡張していく今日の建築学の教育方針に一役買っていると言えるだろう。

建てられることを目指さない、という一見常識はずれな建築が、現実に建っている建築に大きな影響を与えている。同じように、めちゃくちゃな仮説が有用な例は物理学でもよく見られる。

有名なのはアルバート・アインシュタインが理論付けを行った光速度不変の原理。光源や観測者の速度によらず光速度は一定、という尋常ならざる原理だ(原理とは証明無しでそうと認める仮説)。言ってしまえばアインシュタインはただもう「光速度は一定!」と決めつけてみて、辻褄が合うように、これまで常識とされていた宇宙の法則を変形させていったのだ。そして1905年に特殊相対性理論の論文を世に出した。人類への貢献は甚大だ。

もしも悪魔がいたら。物理学にはこんなとんでもない仮説もある。ジェームズ・マクスウェルが1867年に考え出した“マクスウェルの悪魔”という思考実験だ。仕切りで区分けされた箱の中、悪魔が門番となり、箱内の気体分子の速いのはこっち、遅いのはこっち、と仕分けていく。すると箱内に温度差が生まれる。箱をそのへんに置いておいて、しばらくしてから触ったら、アツアツの部分とヒエヒエの部分があるのは、おかしい。マクスウェルは悪魔というぶっ飛んだ仮説を持ち出して、熱力学第二法則の破れを科学者たちに突き付けた。
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文=福岡郷介

この記事は 「Forbes JAPAN No.32 2017年3月号(2017/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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