でも、もしこれを海月の大将本人が日々の仕事としてやろうとしたら、経済的に苦しくてすぐ破綻するだろう。だからぜひ地元の資産家にバックアップしてもらいたい。「海の上の鮨屋」というひとつの名物ができることにより、メディアから注目され、結果として観光名所になるのではないだろうか。そういう採算度外視でおもしろい店をつくってくれる資産家がもっと増えるといい。
もうひとつ、京都の「空(そら)」という店の話をしたい。ここは食道楽の6人が資金を出し合ってつくった3年間限定のプライベート・レストランだ。メンバーのひとりがもともと持っていた祇園の町家を、カウンター8席だけの割烹に改装して始めたのだが、そのコンセプトがおもしろい。
まず、全国の人気レストランや料亭の料理人に、「1週間だけあなたの好きなことをしてみませんか?」と声をかけた。料理人たちは存外喜んだ。そのうえ、和食の料理人がバスク料理を、フレンチのシェフが中華を、と専門外の料理にチャレンジしたいという申し出まであった。
いまでは週替わりで料理人がやってきて、その時だけのスペシャルな料理を出す。6人の創設メンバーは日にちを分け合って、大事な人を招待して8席を日々埋める。ゲストは舌の肥えた人ばかりだし、料理人は普段はできないことに挑戦できるという、素晴らしい遊び心に満ちた空間だと思う。
皇帝が芸術家の絵を描かせたように
僕はこれまで何軒か飲食店を手がけているけれど、正直いってさほど儲からない。特におもしろい店をやろうとしたら儲からない(笑)。初めてオーナーになったのは、連載第9回に書いた、東京タワーの下(ふもと)にある自動車修理工場を改装したバー「ZORRO」。いまは「月下」という名だが、ここも現場スタッフの給与と家賃でとんとん。でも、それでいいのです。
資産家の方々にとって、食は腹を膨らませるためのものではなく、感動を得るためのものだ。その感動を純粋に追い求めていくと、儲けのためではなく、人を集めたり喜ばせたりするためにお金を使うようになる。かつて皇帝が芸術家に絵を描かせたように、資産家が料理人にギャランティを支払って思う存分料理をつくらせたり、そこにさまざまな人が集まってサロンが形成されたりしていく。
なんならこれを国レベルでやってみたらどうだろう。農林水産省が10年から料理人顕彰制度「料理マスターズ」というのを行っている。これは地域の活性化、食の貢献・向上を行っている料理人を選んで、ブロンズ賞(現44名)、シルバー賞(現5名)、ゴールド賞(現0名)で表彰するものだが、それをさらに進めて、料理人に腕を振るう場を与えるのだ。
場所は迎賓館、料理人は毎週交代として、1年で52人。平日5日のうち、1日は国賓、1日は若い料理人、1日は生産者、残りの2日は一般の人などと決め、希望者はふるさと納税的なかたちで全国の生産者から何か購入すると抽選に参加できる。
予算だが、準備費用100万円、料理人へのギャラ100万円、計200万円が52週で、1億400万円。運営費や空間改装費、システム構築費を入れて、1年で2億円あれば運営できるだろう。シェフは紅白歌合戦のように年末に52人を発表したら盛り上がるかもしれない。皆さん、そんなところがあったら行きたいですよね?
有意義なお金の使い方を妄想する連載「小山薫堂の妄想浪費
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