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2017.03.10

金正男暗殺事件に新展開(下)─捜査の現場で見た「非合法のインフラ」

クアラルンプールの北朝鮮大使館前 (Photo by Rahman Roslan/Getty Images)


国連専門家パネルの捜査によれば、パン・システムズ社は、軍事関連物資の調達と販売のために、中国、マレーシア、シンガポール、インドネシア、シリアなどに工作員やフロント企業を配置の上、銀行口座も設けて国際金融システムへのアクセスを確保していた。同社は、欧米の金融規制をくぐり抜けて、米ドルやユーロによる国際決済を行いながら海外市場を開拓し、広範囲な非合法取引ネットワークを構築していた。

前述の通り、リャンたちは、マレーシア国内の銀行口座等から多額の資金を何度も平壌に送金している。また、マレーシアから現金を平壌まで持ち運んだことも一度や二度ではない。北朝鮮に対する国際的な金融規制が強まる中で、パン・システムズ社のマレーシアを中心とするネットワークは、北朝鮮にとってマネロンのための重要なインフラでもあった。

偵察総局と日本企業の間接的な接点

パン・システムズ・シンガポール社(写真は同社が入ったビル)は、平壌のパン・システムズ社の活動にどのように関与していたのか。国連専門家パネルの報告書では明確な記述はない。同社の社長は、リャンたちと定期的に面会し、連絡を取り合っていた模様だが、具体的な関係については明らかではない。



また、2011年に金正日主席が死去した際には、同社が哀悼の意を打電したり、2014年9月26日付けの朝鮮中央通信では、平壌国際貿易展覧会に参加中の社長がインタビューされるなど、北朝鮮との緊密な関係が覗われる。

このシンガポール社は1990年代から日本企業とも小規模ながら取引がある。日本企業が、知らずに北朝鮮の活動に間接的に貢献していた可能性は、少なくとも否定できない。昨年、筆者はこのシンガポール社を垣間見る機会を得たが、オフィスはがらんとしていて、社長と秘書しかおらず、応対にも奇異に感じるところがあった。「自分がビジネスマンならば取引は控えるかな」、と感じた次第である。

北朝鮮人が現地企業に密かに身を隠している場合、日本企業がその実態を認知するのは容易ではない。日本企業が知らないうちに北朝鮮とビジネスをしてしまうリスクは常に残る。東南アジアの中小企業と取引する際には、相手をしっかりと調べる必要がある。

東南アジアに巣くう闇

北朝鮮のネットワークが根を張っているのは、マレーシアとシンガポールだけではない。東南アジアのほぼ全域に北朝鮮工作員は潜んでいる。例えば、昨年、在ベトナム北朝鮮大使館の三等書記官と事務員が、国連制裁対象の北朝鮮金融機関の現地代表者として、国連安保理の制裁対象とされた。また、在ミャンマー北朝鮮大使も、武器密輸への関与が理由で、制裁対象とされた。

タイにおいても、以前、国連制裁対象企業がバンコク市内に活動拠点を構築していたが、その後どうなったのか、タイ政府の国連捜査への協力拒否のため、実態がわからない。カンボジアは北朝鮮人にパスポートを発行していたことが発覚したが、これまでに何名の北朝鮮人に旅券を発行したのか、隠している。そもそもこれまでに何か国が北朝鮮人に旅券を付与したのかすら、わからない。これでは、国連制裁など、ちゃんと履行できる訳がない。

東南アジア各国において、いったい何名の北朝鮮人がどの企業に隠れているのか、全体像が把握できないことは深刻な問題だ。

東南アジア諸国は、近年、ASEAN経済共同体として、域内のヒト・モノの移動の自由化ばかりを議論してきた。北朝鮮にとってもヒト・モノ・カネを容易に動かせるのだが、この問題はなぜか議題にすらされない。北朝鮮の非合法活動を野放図にした苦い帰結を、今、マレーシアは味わっている。

日本は、東南アジア諸国に対して、北朝鮮の動きを真剣に取り締まるよう、さらなる働きかけを行わねばならない。それこそが、彼らにとってもメリットになることを理解させなければならないのである。

文=古川勝久

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