ビジネス

2017.03.10

金正男暗殺事件に新展開(下)─捜査の現場で見た「非合法のインフラ」

クアラルンプールの北朝鮮大使館前 (Photo by Rahman Roslan/Getty Images)


リャンが所属するパン・システムズ社は、1996年頃、シンガポールの同名企業の「平壌支店」として設立された。シンガポールの「本店」はIT企業で、1990年代初頭から北朝鮮と緊密に商取引していた。しかし、その「平壌支店」の実態は、北朝鮮偵察総局のフロント企業であり、北朝鮮の「グローコム社」ブランドの軍事通信機器の輸出が本業だ。

リャンたちは、本店の看板を巧みに利用しながら平壌支店の事業を海外に拡張してゆく。やがて活動拠点を東南アジアに築くべく、商取引の中心地・マレーシアにターゲットを定めた。

そして、2005年11月。リャンは、同僚とともに、マレーシアの現地協力者3名と共同出資して、マレーシア国内に「インターナショナル・グローバル・システムズ社」(以下、「グローバル社」)を登記した。その後彼らは、この会社を拠点として、「グローコム社」ブランドの軍事通信機器の市場を開拓してゆく。マレーシア国内の防衛装備品国際展示会に参加(写真は展示の様子)したり、積極的にマーケティングを行い、顧客を増やした模様である。


出展:グローコム社のホームページ

やがて2009年頃、彼らは、グローコム社の拠点をマレーシアに本格的に移管したようだ。つまり、「グローバル社」というフロント企業を利用して、「グローコム社」をマレーシア企業に育て上げたわけである。

グローコム社のホームページ情報によると、同社はマレーシア国内の「主要な顧客」を相手に軍事通信機器を販売しつつ、他方で中東や南アジアへの輸出を増やしていたという。これが事実であれば、マレーシア軍は、偵察総局のフロント企業の上顧客だったことになる。

国連安保理の中で、パン・システムズ社とグローコム社の名前が浮上したのは、2012年4月頃のことだ。当時、北朝鮮による銀河3号ロケット発射未遂事件を受けて、国連安保理で制裁強化策が議論され、その中で、両社の名前が制裁対象候補として挙がった。つまり、この時点で、両社はすでに関係諸国の当局の監視対象になっていた。

国際的な監視網が強まると、同年6月にリャンたちは、「グローバル社」を表向きには休眠させた。代わりに類似名の別のフロント企業、「インターナショナル・ゴールデン・サービシズ社」(以下、「ゴールデン社」)をマレーシアに立ち上げて、同社をグローコム社の新たな連絡先窓口に据えた。つまり、彼らは、フロント企業を「グローバル社」から「ゴールデン社」にすげ替えて、さらに「グローコム社」をその後ろに隠蔽。巧みにフロント企業を取り替えたのだ。

こうして彼らは国際的監視網から逃れるために、次々と類似名の企業を設立。フロント企業を増やしてマレーシア国内の拠点を防護しつつ、海外市場を開拓していたのである。
次ページ > マネーロンダリング拠点としてのマレーシア

文=古川勝久

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事