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2017.03.10

金正男暗殺事件に新展開(下)─捜査の現場で見た「非合法のインフラ」

クアラルンプールの北朝鮮大使館前 (Photo by Rahman Roslan/Getty Images)

昨年まで私が所属した国連安保理・北朝鮮制裁委員会・専門家パネルが、2月27日、最新版の年次報告書を公表した。

度重なる制裁にもかかわらず、なぜ北朝鮮が核・ミサイル、通常兵器の密輸やマネーロンダリングのネットワークを世界各地に張り巡らせたのか、その実態が明らかにされている。それはまさに、「非合法のインフラ」だ。金正男暗殺事件の舞台となったマレーシアこそ、北朝鮮の非合法活動の主要拠点であり、機微な作戦に必要なインフラがそこにあった。

2016年7月、エリトリア向け軍事通信機材密輸事件

2016年7月、中東の空港で中国発エリトリア向けの貨物が押収された。45箱の貨物の中からは、高周波ラジオ、暗号化スピーカー・マイクロホンなど、軍事用途の通信機器類、カモフラージュ用バックパックなどが発見された。国連安保理・北朝鮮制裁委員会の専門家パネルはこの事件の概要を最新の報告書で説明している(http://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/2017/150, 72-87段落)。

航空貨物の送り主は、 “Beijing Chengxing Trading Co. Ltd”(中国語名:北京成兴贸易有限公司)。同社の代表者は、裴民浩(Pei Minhao) 氏。彼は、北朝鮮の大手武器密輸企業・青松連合(国連安保理制裁対象団体)の中国国内の関係者として、筆者が国連時代に追跡していた人物である。青松連合は、北朝鮮のインテリジェンス機関・偵察総局の管理下にある。

押収された貨物から、「グローコム社(Glocom)」のロゴマーク付きの軍事用通信機器が見つかった。この企業は、クアラルンプールに連絡先住所を構える、北朝鮮偵察総局のフロント企業とされる企業だ(昨年、筆者がグローコム社の連絡先を訪問した際の状況については2月24日の拙稿を参照:「金正男暗殺で動いた、東南アジアに潜伏する工作員たちの日常」)。今回の密輸事件には、マレーシアと中国にある、偵察総局のフロント企業2社が関与している。

押収されたエリトリア向け軍事通信機器の写真

出展:国連専門家パネル2017年度最終報告書、P.33

国連専門家パネルの報告書によると、この在マレーシアの「グローコム社」は、平壌の北朝鮮企業「パン・システムズ社」のフロント企業とされる。さらに、この北朝鮮企業は、シンガポールにある同名の「パン・システムズ・シンガポール社」とつながっている。

北朝鮮の偵察総局は、東南アジアの商業中心地・マレーシアにグローコム社を含む少なくとも3社のフロント企業を設立し、シンガポールの拠点も活用しながら、東南アジアをベースに世界各国へ軍事物資を密輸していたのである。後述するが、このネットワークは武器密輸のみならず、マネーロンダリングでも重要な役割を果たしてきた。
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文=古川勝久

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