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2017.03.08

金正男暗殺事件に新展開 マレーシア雇用主の正体(上)

(Photo by Rahman Roslan/Getty Images)


2017年3月3日、マレーシア警察は、暗殺事件への関与を裏付ける十分な証拠が得られなかったとして、リ氏を釈放した。その後、同氏の労働許可証の期限が切れていたため、マレーシア不法滞在を理由に国外退去処分とした。

もしこれが日本であれば、旅券法違反の容疑でリ氏と雇用主を徹底して取り調べるところであろうが、マレーシア警察にはその意図も能力もないようだ。さらなる捜査のためには、家宅捜査、家族への聴取、通信記録の収集と解析、銀行口座取引履歴などを徹底的に行う必要がある。

このような捜査には朝鮮語の能力が必須であるが、マレーシア警察には期待できない。限られた拘留期限内に、マレーシア警察に膨大な量の朝鮮語の通信記録の解析を期待するのは非現実的だからだ。それ以上に、リ氏の不法滞在や旅券法違反については何ら追求しないマレーシア警察の姿勢は、あまりにも不徹底であると言わざるを得ない。

リ氏はクアラルンプール市内で、比較的高級なアパートに暮らしており、家族とともに裕福な暮らしを送っていたことが推測される。もしチョン氏の会社ではリ氏の勤務実態がなかったのであれば、彼はどのようにして収入を得ていたのだろうか?

そもそも、リ氏は雇用実態を偽りながら、マレーシア国内でどのような活動を行っていたのか? 本当はトンボ社で何らかの雇用実態があったのではないか? トンボ社のパートナーである香港企業のグローバル・ネットワークを、北朝鮮のために悪用していなかったのか? また、チョン氏が支援したとされる「10名の北朝鮮人」とは、いったい何者で、どこでどのような活動を行っているのか? すべてが闇のままである。[関連:金正男暗殺で動いた、東南アジアに潜伏する工作員たちの日常

国連専門家パネルが懸念するマレーシア企業

朝鮮中央通信に引用された海外企業には、国連制裁違反事件に関与した企業や関与が疑われる企業が多く存在する。マレーシア国内には他にもそのような企業がある。例えば、マレーシアと北朝鮮のジョイント・ベンチャー企業である、マレーシア・コリア・パートナーズ・グループ・オブ・カンパニーズ(Malaysia-Korea Partners Group of Companies: 以下、「MKPグループ」と略称)。この在マレーシア企業も、朝鮮中央通信に頻繁に紹介されてきた。

国連安保理・北朝鮮制裁委員会・専門家パネルは、2017年度の最終報告書で、同社の子会社である、在平壌のインターナショナル・コンソーシアム銀行(International Consortium Bank)の活動が、国連安保理決議で禁じられた活動を行っている容疑で捜査中、と報告している。

安保理決議では、北朝鮮の銀行との取引関係の維持が禁じられており(決議2270号の第33の規定)、北朝鮮に所在する子会社や銀行口座の閉鎖も義務づけられている(決議2321号第31の規定)。

MKPグループの銀行がこれらの制裁措置に違反する可能性が考えられている。また、MKPグループの主要事業の一つに、アフリカなどでの銅像などのモニュメントの建造も含まれており、安保理決議で禁止されている、北朝鮮による銅像の輸出が行われている可能性も、同報告書で示唆されている。
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文=古川勝久

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