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2017.03.08

金正男暗殺事件に新展開 マレーシア雇用主の正体(上)

(Photo by Rahman Roslan/Getty Images)

殺された金正男の長男が動画で声明を出す一方、マレーシアと北朝鮮は報復措置の応酬をエスカレートさせている。昨年まで捜査にあたってきた国連安保理の北朝鮮制裁委員会の元メンバー、古川勝久氏が新たな展開をレポートする。


北朝鮮に心酔するマレーシア人

次の言葉は、朝鮮中央通信に引用された、あるマレーシア人の言葉である。

「金正日閣下が、人生の最後の瞬間まですべてを人民のために捧げてくれたおかげで、朝鮮民主主義人民共和国は、勝利への確信とともに経済大国の建設を加速させつつ、同時に、難攻不落の軍事大国としての自らの力を証明している」(2014年6月8日付け記事)

「5千年の歴史の中で初めて朝鮮人民が喝采する金日成主席と金正日書記長は、国家の指導者であるばかりでなく、無比の愛国者であり、また人々の優しい父である。母国、人民、そして革命について、彼らと同じ見解をお持ちであられる金正恩元首のおかげで、彼らの偉業は今やさらにまぶしく輝いている。」(2014年6月28日付け記事)

北朝鮮の金一族の支配に心酔しているこの人物。彼の名前は、チョン・チン・チー氏。マレーシアにあるトンボ・エンタープライズ社の社長、チョン・アー・コウ氏の別名である。朝鮮中央通信では、しばしば「トンボ」のかわりに「ドンボ・エンタープライズ社」として紹介されている。

マレーシア警察発表によると、この会社は、先日、金正男氏暗殺事件の容疑者として逮捕されていた、リ・ジョン・チョル氏の法律上の雇用主であった。同社とチョン氏は、朝鮮中央通信に頻繁に紹介されており、2010年10月以来だけでも、少なくとも36回は引用されている。

チョン・アン・コー(別名:チョン・チョン・チー)氏のプロフィール

トンボ・エンタープライズ社のホームページより
https://www.tianxian.com.my/en/About/2012-10-05-13-48-38.html

各種メディアに対して、チョン氏は、リ氏には同社での勤務実態がなく、彼の就労許可証の取得を支援するために会社の名義を貸していただけ、と説明している。また、チョン氏はメディアのインタビューに対して、北朝鮮との緊密な関係についても説明しており、約10名の北朝鮮人の就労許可証取得にも協力してきたと説明している。

チョン氏がメディアに対して説明していなかったのは、彼自身が熱烈な金正恩政権の支持者であり、経済大国・軍事大国として北朝鮮をたたえ、そしてマレーシア国内で金日成主席や金正日主席の追悼委員会の委員長などの要職を歴任してきた過去である。マレーシア国内で北朝鮮の主要行事が開催される際には、彼がとりまとめ役として重要な役割を務めてきた。

トンボ・エンタープライズ社は、抗がん作用があるとされる漢方薬を販売している。この漢方薬の供給元は香港登記企業とされており、トンボ社はそのマレーシア国内の販売総代理店を務めている。

報道によると、この漢方薬は日本国内にも代理店があり、その社長の説明によると、漢方薬の原料は、中朝国境の長白山で採られているという。同じ山の反対側は、北朝鮮で「白頭山」と呼ばれる。金正日主席の「生誕地」として、神格化された山である。原材料は、あくまでも北朝鮮側で採られたものではない、との主張である。
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文=古川勝久

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