ヘッジファンド業界のレジェンドは「現代美術の目利き」

(Photo by Elizabeth Lavin)

アートが分からなければ21世紀は分からない? ということで、フォーブス ジャパンでアートの新連載がスタート。第1回は、世界のメガコレクター訪問。ヘッジファンド業界のレジェントにして現代美術の目利き、ハワード・ラチョフスキー氏のダラスの邸宅を、サザビーズの前社長・石坂泰章が訪ねた。


この10年以上常に世界のトップコレクター200人にランクインされている世界有数の現代美術コレクター、ハワード・ラチョフスキー氏(71)のダラスの邸宅をダラス市に訪ねた。

ルーチョ・フォンタナをはじめとする20世紀イタリア美術の世界的なコレクターであり、「具体」など日本の50〜60年代に美術にいち早く注目したことでも知られる。

実は、ラチョフスキー氏はヘッジファンド業界伝説の人物でもある。ロースクール卒業後、弁護士業を営む傍ら株式投資を手掛け、1972年には米国南部最初のヘッジファンドを立ち上げた。1986年の『フィナンシャル・ワールド』誌では「ウォールストリートの高額所得者ランキング100」に名を連ねた正真正銘の大富豪だ。
 
邸宅の正門で主任学芸員のトーマス・フュルマー氏が気さくに出迎えてくれた。トーマスは美術の修士を取得後、フォートワース近代美術館に2年勤めてからラチョフスキー・コレクション専属になり12年経つ。彼を含め6名の専属学芸員たちがラチョフスキー氏の手足となって動くことが、同氏のビジネス、趣味の両分野での活躍を可能にしている。


ロサンゼルスのケディ美術館など手掛けたりリチャード・マイヤー建築の邸宅。ダラス市美術館への寄贈が将来的に予定されている。手前はロバート・アーウィンのランド・アート<Titled Planes>。

邸宅とそのコレクションに見とれていると、ひげを蓄えた温和な感じのラチョフスキー氏が、チャーミングなシンディー夫人とともに、ラフな格好で姿を現した。余談だが、ロシアのこのクラスのコレクターだったら、機関銃を構えたボディーガードの2回のボディーチェックを経ないと、まずは本人に会えない。

「どうぞゆっくりしていってください。その後、ここから車で15分くらい行ったところの、WAREHOUSEという私の展示スペースでコレクションの一端をご覧になれます」
 
話は弾み、コレクションを始めたきっかけから、好きなアートの分野、チャリティーに対する哲学まで広範囲に及び、取材は予定の時間をあっという間に過ぎてしまった。
 
ラチョフスキー氏のコレクション歴は80年代初頭にまでさかのぼる。当時は財力に限りがあったので、もっぱらピカソ、レジェ等近代絵画の巨匠の版画を中心に集めていた。しかし、自邸が完成した96年からは、アート・アドバイサーの助言も受け、本格的に作品を購入し始めた。
 
その第一歩に選んだのはイタリアの戦後美術。今では十億円以上の値を付けることもある、キャンバスを切り裂く作品で知られるルーチョ・フォンタナ、石や木など身の回りの素材を用いた作品で知られるアルテ・ポーヴェラの作品も、当時は比較的簡単に手に入った。

その後ドイツの巨匠ジグマー・ポルケ、ゲルハルト・リヒターへと対象は拡がり、いつの間にかコレクションは800点を超すまでに成長した。その中にはアーティストの代表作ともいえる作品が数多く含まれる。


大きな展示空間にそびえるドイツのトーマス・シュッテによる<Father State>2010年。
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text by Yasuaki Ishizaka

この記事は 「Forbes JAPAN No.32 2017年3月号(2017/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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