1990年代前半、アビシャイ・アブラハミ(45)は、大半のイスラエル国民と同じように高校卒業とともに国防軍に入隊した。
ただし彼が配属されたのは、「8200部隊」と呼ばれるサイバーセキュリティと諜報活動を担当する精鋭チーム。両親にも詳細を話すことが許されない。与えられた任務は映画『ミッション:インポッシブル』さながらに、敵対する国家のコンピュータに侵入することだった。
8200部隊の存在は、10年ほど前まで公にされていなかったが、それでもイスラエル国民はアブラハミの噂を聞いていた。同部隊を離れた後、彼はクラウドを基盤とするウェブ開発プラットフォームで世界をリードする「ウィックス」の共同創業者となった。
「私と同世代の者に限っても、部隊にいた100人以上がスタートアップを立ち上げ、高値で売却しています」とアブラハミは言う。
「部隊では一室に10人編成のチームが入っていましたが、その後、全員が時価総額平均5億ドルの会社を興しています」
イスラエルは“スタートアップ国家”である。面積はニュージャージー州に及ばす、人口はニューヨーク市よりも少ないが、ナスダック上場企業はアメリカと中国に次いで多い。人口1人当たりでは世界のどの国よりも多くのベンチャー投資会社、スタートアップ企業、科学者、IT専門家を擁しているのだ。
背景には8200部隊の存在がある。在籍者数は推定5000人。隊員はしばしば生死がかかる状況の下、わずかな指示のみで最新テクノロジーの開発を命じられる。
何千人もの天才たちが各自複数の発明品を数十年にわたって作り続けているのだ。8200部隊の出身者によって推定1000社以上が生み出されてきたのも不思議ではない。そして直近3年間だけでも、マイクロソフトが約3億2000万ドルでサイバーセキュリティ企業の「アダロム」を、フェイスブックが約1億5000万ドルでモバイルデータ解析企業の「オナボ」を買収している。
8200部隊には、スタートアップを生むいったいどんな秘密があるのだろうか。